6月に入り
驚くほどに似たような
話をしてしている気がしたので
もしかして
これは今
大事なことなのかな?と
思って書いてみます![]()
それは
それは、『傷つきやすさ』と『配慮』について。
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a) 自分の痛みを感じる力
b) 相手の痛みを想像する力
この2つ、言葉にすると明確に違っても
実際の生活では1つの括りに捉えてしまい、
それゆえに
「人生のブレーキになっていることがある」
かもしれません
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と、いうのも
例えば、
自分が傷ついた経験があるからこそ、
人の痛みが分かることもあります。
けれど、
自分の痛みに敏感であることと、
相手への配慮ができることは、
必ずしもイコールではないように思うのです。
そして、もう一つのことを
混同してしまうのかもしれません💦
それは、
「傷つきやすいこと」と
「行動できないこと」です。
怖くて挑戦できない。
不安で発信できない。
悲しませたくなく断れない。
そんなふうに考えてしまうことが
いるとします。
けれど
「怖い」と「挑戦」は別
「不安」と「発信」は別
「悲しませる?」と「断れない」は別
で考えてみると
それゆえに行動できないと
悔やんでいる人には
楽になる可能性がある
という話です🙏
そもそも
①傷つきやすさと、
②配慮する力と、
③行動する力は、
それぞれ別に育てることができるということ。
傷つくことはある。
痛みを感じることもある。
それでも進むことはできる。
人間だものね
落ち込むことも
悲しいことも
悔しいこともあります
でも、動けている人もいる。
その差は何かな?と考えていた人に
お伝えしたのですが
そもそも
問題がクロスしているだけで
整理したら解決するかもしれない
ということなのです
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私たちは
「傷つかない人になる」
必要はなくて
*傷つきやすさは、「感受性の才能。」
*配慮は、「想像力の才能。」
と分けてみて
「傷つきやすい」
に対する才能の伸ばし方と
「創造力」に対する才能の伸ばし方は
違うという観点で
自分を育ててみる
私たちは時々、
それらを
一つのものとして扱ってしまうけれど、
本来、別々と捉えた時に
新たな道が見えてくるかもしれません。
繊細な自分を責める必要はなく、
感受性という才能として育てる道がある。
誰かを思いやる力を育てることは、
自分を抑え込むことではなく、
想像力という才能を育てる
ことなのかもしれません。
想像力=
想いを言葉にする力=
相手に聞いてもらう言葉=
相手に届ける言葉=
相手に興味を持ってもらう言葉....etc
そして、
傷つくことがある自分でも、
一歩を踏み出す力は育てていける。
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「進みたいけど進めない」
ではなく、
細分化することで
新しい道も
見えてくるのではないでしょうか✨
あまりにも件数が多かったので
ブログにしてみましたが、
誰かのヒントになったら嬉しいです。
