通算10度目の海外遠征は、2003年11月に迎えた。

この年は、虎が18年ぶりのリーグ優勝を果たし、【V旅行】と題してカルチョの国へ飛び立った。



V旅行とは言っても、孤独な試練の旅である事に変わりはない。

でも、V旅行に相応しく観戦カードを5本立てと豪華に揃えた。

先ずは、ミラノでセリエAインテルvsレッジーナを観戦。
それから、ローマへ移動してラツィオvsペルージャを観戦。
次に、ミラノでインテルvsアーセナルを観戦。
再びローマへ移動してラツィオvsベシクタシュを観戦。
最後に、パルマへ移動してパルマvsザルツブルクを観戦する。

7泊9日で5試合という、これまでに無いくらいカルチョ漬けの旅とした。

来月に迎える最後の海外遠征も時期と観戦試合数が全く同じであり、非常に参考にできる遠征でもある。

成田空港を出発してミラノ・マルペンサ空港へ到着した。

ミラノへ到着した頃は曇りだったが、少し前までは雨が降っていたような形跡もあった。

一夜明けると、ミラノは雨が降っていた。

後々続いていく、この遠征は、イヤになるほど雨に祟られる事にもなる。

同じ時期に迎える最後の海外遠征も同様に雨が懸念される。

この日は初めてサンシーロで試合観戦を迎える。
スタジアムツアーで一度、サンシーロを訪れているが、試合観戦は初めてなので、楽しみにしている。




観戦第1弾は、インテルvsレッジーナ。

当時のレッジーナには中村俊輔が在籍していたが、怪我でベンチからも外れていた。

試合は、インテルが次々とゴールを決めて、6-0のゴールラッシュ劇を演じた。


インテルが勝つとは思っていたが、ここまで大差が着くとは思わなかった。

試合が終わったら翌日の移動も早いので、即行でサンシーロを後にしてトラムに乗った。


ところが、サンシーロからドゥオモ広場へ向かうトラムに異変が起きた。

途中で乗客が次から次へと順番に、前の運転手の所へ行っては何か尋ね、次の駅で降りると言った事が立て続けに起きていた。

どうやら、トラムの行き先が予告もなく変更されているようだった。

一体何処へ向かっているのか!?
思いもよらない試練のハプニング...。

窓の外を見ていたら、地下鉄の駅が見えたので降りた。

ところが、ドアを開けて中に入ろうとしたら、カギが掛かっていて駅構内に入れなかった。

またまた、思いもよらない試練のハードルが表れた。

地球の歩き方を片手に、次の駅まで歩いて、最終的にホテルまで辿り着いたが、大分遅くなってしまった。
翌日は早いだけに痛恨のロスだった。

それでも、翌朝どうにか起きて、予定通りミラノ・マルペンサ空港へ向かった。


ローマ・フィウミチーノ空港へ到着し、レオナルド・エクスプレスでテルミニ駅へ向かった。

この日はオリンピコでラツィオvsペルージャを観戦する。



前夜はインテルのゴールラッシュが観られたが、この試合は、レッドカードが乱れ飛ぶ荒れた試合となった。
ペルージャに監督含む4枚、ラツィオには1枚、両チーム合わせて5枚のレッドカードが飛んだ。

試合は、1-1ドローで終わると思われたが、87分にコッラーディの劇的ゴールで勝ち越し。
ロスタイムにはピッポ・インザーギの弟シモーネの芸術的なルーブシュートが決まってラツィオが3-1で勝利。



この年のシーズンのラツィオは、ネスタとクレスポという好守の要が一辺にチームを去って大幅な戦力ダウンを強いられていた。

しかし、現役を引退して間もないマンチーニが指揮を取り、上手くチームを作って首位争いを演じていた。

後にマンチーニ監督は、インテルでリーグ3連覇を達成するなど名将にもなっている。

虎の監督を引き受ける事になった金本もマンチーニ監督のように、ゆくゆくは名将になってもらいたい。

翌日も、ローマで過ごした後でミラノへ向かった。

To be continued.