http://www.yasuienv.net/LowDoseExp.htm
低線量被曝のリスクのところは、科学的バックグラウンドのある方にはいいのですが、そうでない方は読む気にならないでしょうから、簡単に要約します。
(要約開始)
まず、「100~200ミリシーベルト以上の放射線を浴びた人は、何十年もの間にがんの発生が線量の大きさに応じた確率で増えること」については、学者間で見解の相違はあまりない。
問題は100ミリシーベルトより低い量の低線量被曝。専門家の間でも意見が分かれる。
「これ以下の被曝量であれば全く影響がないという『しきい値』がある」との説もあるが、現在、ICRPが使用しているのは、「直線しきい値なし(LNT=linear non-threshold)モデル」。
ICRPは、「この仮定によって過小評価をすることになるおそれはないことで満足している」と述べている。
被曝によって、遺伝子であるDNAに傷がつく。DNAは二重らせん構造になっていて、二本の鎖が同時に傷がつくとなおりにくい。ただ、人間がふつうに生活していても、活性酸素によって二本鎖切断は起きている。
もしも、1年間で100mSvを被曝したとしても、、酸素代謝による二本鎖切断の数の1/10にしかならない。
それでも、細胞はなんとか維持されている。それは、遺伝子に傷があることが分かった細胞の多くは、アポトーシス(計画的細胞自殺)を起こして死んでしまうからだ。
人体の防衛機能は、実によく出来ている。他の動物、例えば、マウスなどに比較すると、したがって、発がんする可能性が非常に低い。それでも、現代人 は30%の人ががんで死亡する。それは、他の多くの病気を克服して、残っている致命的な病気ががんと心臓血管系だけになってしまったから。
(要約終わり)
さて、このような科学的見解に続いて、住民の不安について書かれています。
こちらはそのまま引用します。
(引用開始)
「不安を解消するには」
C先生:福島原発で、比較的高線量の地域に住んでいる人は、色々と不安が多いと思う。本日の朝日新聞の記事を読んだら、不安が解消するどころか、ますます訳が分からなくなって、不安が増大してしまうと思う。
A君:特に、子どもをどうするか。これは母親にとって、大きな課題だし、子どもに対しては、放射線の影響が重大であることは確実だ。その理由は、細胞の数を思春期までは増やしているからというのがひとつで、もう一つは、やはり長い間生存するから。
B君:しかし、なんでも神経質になって、母親がノイローゼ気味になると、子どもの健康に最悪な状況を生み出しかねない。しかも、がんと最後に戦うのは、免疫システムだが、悪いことに、ストレスがあると免疫システムの機能が低下することが知られている。
A君:できるだけ、楽天的・肯定的に考えて、子どもにストレスを掛けないような親を演じることが必要なのだと思う。結果としては、その方が良いことは確実だろう。
C先生:さあ、放射線ノイローゼになりかかっている母親にどのようなコミュニケーションをしたらよいのだ。
A君:朝日新聞の記事にもありますが、100mSvを下回る低線量被曝の場合に、どれだけがんが増えるか、健康影響の可能性について、明確な根拠はない。 要するに、誰も本当のことを知らない。もしも、重大なことであれば、現代のように、なんでも分かってしまう、なんでも検出できてしまうという時代なので、 分かるはず。だから、分からないということに大きな意味がある。
B君:その理解に行きつくには、かなり自然科学というものの仕組が分かっていないと難しいかもしれない。自然科学においては、いくら努力しても分からないことは、当面無いことにしておくというのが生活の知恵。
A君:いやいや、科学技術だけではないのですよ。日常生活でもそうですよ。
東京に地震が来ることは、今後10年20年を考えれば確実である。死者の想定も、数1000人? しかし、毎日地震の心配をして暮らしていたら、それこそ、ノイローゼになってしまう。地震対策をある程度やっておいて、あとは、自然に振舞うのが賢い対処法でしょう。
B君:突然、会社が潰れて失業するということだと、これに対策を練っておくということもかなり難しい。しかし、いつ失業するかばかり心配していたら、やっていられない。
C先生:結局、放射線は見えない。見えないものは不安。それに対して、地震も失業も、なんとなくだが敵の姿が見えないこともない。
放射線の人体影響のメカニズムを理解できれば、多少安心できるだろうが、それには相当の知識が必要で、チャレンジが可能な人は限られている。
となると、いつまでたっても、姿は見えない。ちょうど幽霊みたいなものだ。幽霊が居ないということは自然科学では証明できないが、自然科学が言えること は、幽霊が現実に存在したとしても、幽霊よりも実は、人間の方が怖いということだ。なぜなら、幽霊に怯えて死んだ人は居るかもしれないが、幽霊に殺された 人は居ない。
低線量被曝を、これほど検討をしてきたのに、その被害がどのぐらいか分からないということは、低線量被曝という幽霊の攻撃力が強くはないということを意味する。
それに対して、ヒトは防衛用のメカニズムをしっかりと持っている。しかも、ストレスを持たないように心がけることで、防衛メカニズムはフルに活動でき る。となれば、最良の対処法は、自らの防衛能力をさらに高めること。細かいことを気にしないで、子どものストレスを発散させること。こんな結論に到達でき るのではないか。
最後に、そのような状態に到達するしないは別にしても、政府などが出す情報を100%ではなくても、大体は信用される状況にすることが、不安解消には重要。それが国家というものの役割である。
ところが、最初に述べたように、政府が信頼できない。東電も信頼できない。何を信じたら良いのだ。
これは迅速な改善が必須であり、一義的にそれは政治家の責任である。
(引用終わり)
安井至東大名誉教授は、何度も書いているように、原子力村の御用学者ではありません。環境問題やその他身の回りに起きるさまざまな現象を、いつも冷静な科学的視点で見つめられています。
さて、少し前の記事で、BSE(狂牛病)問題でも、日本は必要以上に不安をあおった挙句、科学的根拠のないヒステリックな対応を行ったこと、さらにそれが今でもなお継続して行われているという事実を書きました。
そして、先日の食品用ラップの記事で、ちょっと出てきたダイオキシン。
こちらも、一時期は日本中がたいへんヒステリックな反応をしました。しかし、今やその問題はどこに消えたのかという感じになっていると思います。ほとんど報道でも見かけることがありません。
でもまだダイオキシンが猛毒と信じて不安に感じている方は、少なからずおられるようです。
ダイオキシンに関して、安井先生もたびたび重要な記事を書かれていますが、今日は「有機化学美術館」というサイトの記事を引用します。
こちらは佐藤健太郎というライター(?)の方が、分子の話をつづられているサイトです。有機化学の分野で非常に興味深い話を書かれるので、私は一時期ずっと読者でしたが、最近は更新されていないようですね。
ダイオキシンの話はこちら。
http://www.org-chem.org/yuuki/chemical/dioxin.html
この方は、「ダイオキシンはさほど危険ではない」と人々に信じさせても何も得るものがない人ですので、中立な立場で書かれていることは間違いないです。
以下、ちょっと長いですが、大事なところだけ引用します。
(引用開始)
毒性と一口に言っても急性毒性、慢性毒性、発ガン性、生殖毒性、内分泌攪乱作用などさまざまな種類があります。このうち急性毒性は文字通り「どれ
だけ飲んだら死ぬか」という数値で、LD50という数値で表します。例えばある化合物のLD50が100mg/kgと言った場合、「体重1kgあたり
100mg(60kgの人なら6g)の化合物を飲むと、その50%が死ぬ」ということになります。
ダイオキシンのモルモットでのLD50は0.6μg/kgとされます(μgは100万分の1グラム)。この数値を体重60kgの人間に当てはめれ ば致死量は36μg、つまり1gのダイオキシンは17000人分の致死量に相当することになります。多くの本に登場する「青酸カリの1万倍、サリン の17倍」という数値はこれが根拠と思われます。ただし、モルモットは化学物質に対し非常に敏感な動物であることが知られています。
というわけで他の動物でのデータを見ると、イヌのLD50は3000μg/kg、ハムスターでは5000μg/kgであり、これらの動物はモル
モットより数千倍もダイオキシンに強いのです。ここまで種差の大きい化合物は非常に珍しく、これはなぜなのかまだわかっていません。というわけで単純にモ
ルモットでの毒性を人間に当てはめるわけにはいかないのです。
人間でのLD50は当然測定するわけに行きませんが、人間はイヌやハムスターよりさらにダイオキシンに強いと考えられる根拠があります。今までに何度か事故などにより大量のダイオキシンがばらまかれたケースがありますが、これによる死者はほとんど出ていないのです。
最も顕著なケースは、北イタリアのセベソで起こった事故です。1976年7月、この町にある農薬工場で化学反応の暴走が起こり、推定130kgも
のダイオキシンが噴出しました。これは周辺数キロの範囲に飛び散って17000人がこれを浴び、しかもまずい対応のために避難が始まったのは事故から1週
間が経過して、住民がたっぷりとダイオキシンを吸い込んでからになってしまいました。住民の血中ダイオキシン濃度は通常の2000~5000倍にもはね上
がり、悲惨な事態を予見してイタリアのみならずヨーロッパ一円がパニックに陥りました。
ところが驚くべきことに、22億人分の致死量(モルモットでの数値)のダイオキシンが狭い範囲に降り注いだこの事故で、死者は一人も出ていませ
ん。奇形児の出産を恐れて中絶した妊婦もたくさん出ましたが、胎児にも特別な異常は見られなかったということです。出産に踏み切った女性たちの子供や直接
ダイオキシンを浴びた住民たちはその後長い間追跡調査を受けていますが、体質によりクロロアクネ(吹き出物に似た数ヶ月で治る皮膚病)が出た人を除けば、
病気の発生率・死亡率など特に異常は見られていません。
その他世界各地でこうした事故は何度か起こっていますが、ダイオキシンが原因で死亡した可能性があるのは1963年オランダでの事故で清掃作業に あたり、大量の残存ダイオキシンに触れた4人だけとされます。史上最強の毒物にしてはこれはあまりにおかしな話で、少なくともヒトでの急性毒性に関しては 「サリンの17倍」うんぬんの議論は完全な間違いと断じてよさそうです。
(追記)
2004年12月、ウクライナ共和国の大統領候補であったユシチェンコ氏がダイオキシンを食事に盛られて倒れ、顔面に青黒い発疹ができて人相が すっかり変わってしまった、という事件がありました。氏はその後無事回復して大統領の座に就きましたが、その後の調査で彼は2mg程度のダイオキシンを食 べさせられたと見積もられています。これはニュースで一時期騒がれた「高濃度ダイオキシン汚染キャベツ」を、一度に200万個程度食べた量に相当します。 これだけのダイオキシンを一時に摂っても生命に別状がなかったわけですから、急性毒性に関してダイオキシンのリスクは全く取るに足りないことのよい証明に なったともいえるでしょう。
(中略)
もちろん、こうした実験結果や事故の調査結果をそのまま信じて鵜呑みにしてよいのかという問題はあります。政府がデータを隠している、大企業が圧
力をかけている、という主張は数多くあり、ダイオキシン低毒説を唱える研究者を「御用学者」「安全宣言屋」として激しく糾弾する本も見かけます。実際、上
記のWHOの決定には「セベソの事故には隠蔽されたデータが存在する」という風聞が大きく影響したと言われます。そんなデータがあるのかどうか筆者には知
るよしもありませんが、筆者としては両論を読んだ上、低毒説の方に十分な科学的根拠があると判断してこの項を書いていることを申し添えておきます。最近広
まってきた低毒説に対する有力な反論も、今のところどうやら出現していません。
実際、こうした問題の難しさは「疑うことは無限にできるが、誰もが納得できる『無害』の証明は事実上不可能」という点にあります。いくら実験デー
タを積み重ねても「動物実験では本当のところはわからない」「未知の作用があるかもしれない」「他の物質と複合的に作用するかもしれない」など言いがかり
のつけようはいくらでもあり、これを完全に否定することは大規模な人体実験でもしない限り不可能です。
いってみればこれはネス湖をいくら大規模に捜索したところで、「ネッシーはいない」という証明にはならないのと同じことです。どこかに隠れ潜んでい
る可能性が0とはいえない以上、科学者としては「これだけ捜して骨一本見つからないのだから、いないと考えるのが妥当なのではないか」という程度のことし
か言えません。「○○は存在する」という証明は証拠一つ挙げればいいから簡単ですが、「○○は存在しない」という証明は非常に難しく、これはダイオキシン
に限らず自然科学全体につきまとう問題です。
(引用終わり)
安井先生が放射線について書かれているのと同じようなことを、佐藤氏がダイオキシンでも書かれていたことがわかります。
私の結論はいつも同じ、寺田寅彦(物理学者で随筆家, 1878-1935年)のことばです。
「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」
放射線についても、科学的根拠に従って怖がるべきことは怖がって対処し、一方で根拠もなく不必要に怖れすぎてストレスをためることのないようにすることが、結局のところ健康にも一番いいようです。
そのためには、正しい知識と情報が必要。
政府も東電も信じられないことは事実ですが、その反動として原子力に反対する立場の側からの科学的根拠のないデマ、極端すぎる意見を信じることもないようにしたいものです。