起業への道 | 精神世界の鉄人のブログ

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UFOやチャネリング、霊、輪廻、超能力などの不思議な話題から、ビジネス、経済、政治、歴史、文化などの社会問題、そして、恋愛や結婚、ダイエット、旅などの現実的な話題まで、幅広く、日々感じたことを、書き綴ってみますね。

ある統計によると、日本のベンチャー企業の93%が、10年以内に、潰れているそうです。

残りの7%も、かろうじて、生き残っている状態だそうです。

だいたい、起業して、生き残るのは、100人に1人くらいだそうです。

起業について、たくさんの書籍で、いろいろなことが、書かれていますが、まずは、こういう厳しい現実を、直視することが、大切だと思います。


私の場合、起業してから、今年で、12年以上になります。

大成功しているわけではありませんが、生活していけるくらいの状態は、ずーっとキープしています。

今回は、脱サラして、起業したいと思っている方に向けて、いろいろ書いてみようと思います。




現在、個人セッションでも、いろいろな方に、起業のアドバイスをすることも、ありますが、やはり、起業に向いている人と、向いていない人がいることは、事実みたいです。

ハッキリと言葉では、表現できませんが、なんとなく話していてわかります。

起業に向いている人は、何よりも、

「自分の頭で考えて、自分の言葉で語ることができる人。そして、勇気をもって行動して、その結果の全てを、自分が、責任をとる覚悟ができている人」

ということです。


つまり、他人や世間からのお仕着せの知識で、行動したり、どこかで聞いたようなことばかり話したり、周囲の人の意見に、振り回されて、なかなか最初の一歩が、踏み出せなかったり、失敗した後に、人のせいにして、文句や悪口ばかり言う人は、起業に向いていないということです。

一言でまとめると、

「絶対的な自信をもっている人」

というのが、起業する人の絶対条件だということです。

自分に自信のない人は、起業して、成功することは、難しいということです。

これからの時代は、起業だけではなく、会社勤めをしている人など、全ての職業に、「絶対的な自信」は、必要不可欠なものだと思います。


私も、20代の頃そうでしたが、プライドだけが高くて、実力が伴ってなくて、周囲から認められない状態というのは、とっても苦しいものです。

こういう場合、現実的な対処法としては、プライドそのものを、低くする、つまり、高い理想があったら、まず、それを、手の届く所まで下げる。

または、プライドや理想は、高くてもいいから、それに向けて、毎日、コツコツと、地道に、その理想に向かって、努力するということが、大切になってきます。

大言壮語ばかりで、何もしない状態だと、だんだん、周囲から、相手にされなくなってきます。

そうやって、自分自身を、追い込み、孤独になって、どんどん苦しくなっていった人を、たくさん見てきました。

大きな夢を語るのは、素晴らしいことですが、目の前の小さな現実も、大切なものなので、ぜひ、日常の現実的なことも、面倒くさがらないで、真剣に向き合ってもらいたいです。




考えてみれば、私の場合、起業に関する、様々な書籍などを読んだり、たくさんのビジネスマンから、アドバイスを受けましたが、やはり、父親の影響が、大きいような気がします。

私が、小学校の頃、父が、それまで勤めていた病院を辞めて、自分の病院を、開業することを、聞かされました。


何度か書いたこともあるのですが、初めて読む方のために、説明しますね。

父は、南米のペルーで、生まれました。

祖父母が、沖縄からペルーに移民して、そこで、生まれたのです。

それから、祖父母が亡くなり、沖縄に帰ってきたのですが、そこでも、戦争で、酷い体験をしたそうです。

いろいろな逆境をバネにして、外科医になったのですが、しばらくは、那覇市の病院で、勤務医として、働いていました。

それから、一念発起して、一国一城の主になろうと、決意したようです。

子供の頃は、わからなかったのですが、両親がいなく、教会で育てられ、戦争も経験して、外科医になるというのが、どれほど、凄いことか、大人になった今では、よくわかります。

しかも、大学の学費などは、日本の政府が、出したようです。

それくらい優秀だったそうです。

さらに、それから、自分の力だけで、病院を建てるというのが、どれほどのことなのかも、今では、よくわかります。




ある日、母が、私と二人だけの時に、改まって、真剣な目つきで話したことを、今でもよく覚えています。

「イタル、これから、お父さんは、命懸けの仕事をするよ。自分の病院を建てるよ。これが、どういうことは、あなたは、わからないと思うけど、大変だよ」

続けて、

「もし、経営が失敗したら、お父さんは、自分の命を懸けるつもりで、高額の生命保険に加入したよ。お母さんも、失敗したら、体をはって、夜の仕事を始めるからね。あなたも、もしかしたら、学校に行けなくなって、朝から、新聞配達など、やってもらうかもしれないけど、その時は、覚悟してね」

こう言いました。

これは、長男である私だけに、言ったのかもしれませんが、我が家が、大変な勝負に出ているということは、子供ながらに、わかりました。


これは、大人になってから、知ったのですが、父の病院は、那覇市から、10キロくらい北の宜野湾市にあったのですが、この場所は、太平洋戦争の頃に、米軍の海からの砲撃が、凄かった場所で、たくさんの不発弾が、埋まっていたそうです。

沖縄には、現在でも、たくさんの不発弾が、埋まっていますが、父が、一番恐れていたのは、実は、この不発弾だったそうです。

つまり、宜野湾市で、病院を建てる時に、もしも、この不発弾が出てきて、作業員が死んだ場合は、保険会社からの保険は、適用外だったそうです。

現在は、わかりませんが、不発弾で、死亡事故があったら、その保証は、地主である父が、全て、自己負担で、支払わなくてはいけなかったそうです。

おそらく、大変な額だっただろうと思います。

幸い、そういう事故もなく、しばらくすると、経営も軌道にのって、ある程度、成功したようでした。


落ちついた頃、いろいろな話を、また、母から聞きました。

「お父さんは、自分の腕に、絶対の自信があったみたいだよ。外科医として、抜群の腕さえあれば、必ず、口コミで、患者さんは、来てくれるという確信があったみたいだよ」

さらに、

「宜野湾市は、田舎だから、どのお医者さんも、病院なんか建てようと思わなかったけど、お父さんが、宜野湾市の選んだのは、琉球大学が、那覇市から宜野湾市の近くに、引っ越すことが、確実に決まったことを、ある集まりで、聞いたことが、キッカケだったみたいだね。お父さんは、これから、宜野湾市が、どんどん発展していく街だと判断したから、この街を、立地に選んだみたいだよ」

こう説明してくれました。

他にも、父親から、

「イタル、商売などで、大手の競合が出てきたら、個人のお店は、どうすればいいと思う? それはね、大手が、できないことをすれば、いいだけだよ。まずは、専門化するんだよ。何でもやるのではなくて、これだけは負けないというもので、勝負するんだ。そうしないと、個人のお店は、勝てないよ」

こういうビジネス上の戦略も、いろいろ教えてもらいました。

そういえば、父も、ただの「外科」ではなくて、「胃腸外科」というのを、専門にしていました。

「胃腸の手術だったら、私に、任せておけ!」

という自信があったのかもしれません。

他にも、ある程度、病院の経営が、うまくいきはじめたら、家族の生活を、質素にしていました。

ある程度、儲かった時点で、生活を派手にするのではなく、地味にすることが、大切だということも、子供ながらに、戦略として、大切なのだということも、知りました。

特に、地方都市では、あまり目立つと、親戚や近所などから、妬まれたり、足を引っ張られたりするので、それを、避けるために、なるべく、目立たないようにすることも、大切だということも、父から、教わりました。

でも、私の誕生日などの記念日は、当時、沖縄で一番いいホテルの最上階のレストランで、家族で、豪華なディナー料理を、楽しむというような贅沢も、たまに、やったりしていました。


父の病院の経営が、うまくいきはじめた頃、父が、仕事から帰ってきたら、母が、玄関で三つ指をついて、

「お父さん、おかえりなさい。お疲れ様」

と言いながら、尊敬の眼差しで、見上げていたのを、今でも覚えています。

父親が、命懸けの仕事をして、それを、母親と子供が、尊敬する。

こういう家庭は、現在は、あまりないと思います。

私の家庭は、子供の頃、こういう昭和の時代の典型的な亭主関白でした。



これが、いいのかどうかは、わかりませんが、もしかしたら、現在、男女の仲が、うまくいかない根本には、こういう問題も、あるような気がします。

女性というのは、出産という命懸けの仕事をします。

だから、男性も、同じように、何か命懸けの仕事をしないと、女性から、バカにされるだけなのではないかという気もするのです。

いつの時代も、男は、戦争で、命懸けで戦って、女も、出産で、命懸けで戦っていました。

それで、男女のバランスが、とれていたのかもしれません。

まあ、戦争がいいいなんて、思いませんし、何でも、命懸けで、やるもんでもないと、思いますが、どこか、頭の隅っこにでも、こういうことは、入れておいてもいいと思います。




私自身のことも、振り返ってみましょう。

大学を卒業して、東京の会社に、最初勤めたのですが、どうしても、ダメで、そこを辞めて、しばらく、失業生活をしていました。

失業生活をしながら、趣味である、「パワーリフティング」を、やっていました。

考えてみれば、自分に何が向いているかというのは、こういう時間が、たっぷりある時のほうが、見つけやすいと思います。

「自分が、何を本当にやりたいのか? 自分が、本当に好きで、ワクワクすることは、何なのか?」

まずは、これから、スタートするのが、自分のライフワークの見つけ方なのです。


そして、見つけたら、今度は、

「それが、仕事として、成立するのか?」

これを、考えなくては、いけません。

どんなに自分が、好きなことでも、世の中が、それに対して、対価であるお金を、払ってくれなくては、「仕事」としては、成立しないのです。

逆に、自分が、それほど、好きじゃないことでも、世の中が、それに対して、お金を、払うようなら、それは、「仕事」になるのです。


「自分が、世の中に、やってあげたいこと」と「世の中が、自分に、やってもらいたいこと」の二つが、見事に、噛みあったら、それが、「ライフワーク」なのです。




さて、1994年頃でしたが、失業しながら、パワーリフティングの専門のトレーニングジムに、通っていたのですが、そこで、面白いことに、気がつきました。

失業手当しか、収入源がないので、毎日、お金が、苦しかったのですが、そのトレーニングジムの先輩たちが、よく、食事に誘ってくれたのです。

他にも、たくさんジムの会員がいるはずなのですが、私だけ、やけに誘われました。

練習が終わってから、一緒に食事するのですが、ほとんどの人が、奢ってくれるのです。

不思議に思って、理由を尋ねてみると、

「トーマ君の話、最高に、面白いよ! こんなに面白い話を、聴かせてもらったら、タダというわけには、いかないよ。今夜は、ぜひ、ここの食事代、奢らせてくれよ!」

こう言ってくれました。

失業していたので、同情してくれたのも、理由だと思いますが、やはり、私の話が、本当に面白いと、思ってくれたんだと思います。


私は、当時から、バーベルが、大好きで、熱心に練習していましたが、それ以上に、よく、本を読んでいました。

筋トレの知識だけだったら、他にも、知っている人は、たくさんいましたが、私は、日本の大正時代の筋トレの本を読んだり、19世紀のヨーロッパの力比べの歴史に、詳しかったり、とにかく、筋トレマニアが、喜びそうなネタを、大量に持っていたのです。

さらに、世界中の格闘技や武道にも詳しく、いろいろな話をすると、パワーリフターたちは、目を輝かせて、聴いていました。


他にも、パワーリフティングと同時平行に、腕相撲(アームレスリング)も、やっていて、こちらも、かなりの腕前でした。

この時期に、腰を痛めて、上半身しか、動かせなくなったのが、キッカケだったのですが、おかげで、これも、かなり強くなりました。

パワーリフターの中には、、腕相撲は、あまり強くない人もいたので、こういう人に、腕相撲の技を教えてあげると、とても喜ばれました。

こういう話題に、さらに、精神世界の本で読んだ知識を、ちょっとだけ混ぜて話すと、大絶賛でした。

「面白~い! こんなに、面白い話が、聴けるなんて、今夜は、嬉しいなー!」

なんて、大喜びしてくれました。

ほとんど、毎日、食事を、奢ってもらえたので、食費が、かなり助かりました。

それどころか、そのうち、

「あれっ? 今月は、ほとんど、食費が、かからなかかったぞ。もしかしたら、こうやって、毎日、ただ、しゃべっているだけで、これから、ずーっと食べていけるんじゃないかな?」

くらいに、思っていました。


直接、現金を貰っていたわけでは、ありませんが、これは、ある意味、「ビジネス」です。

しかも、自分も、話していて楽しいし、周囲も、聴いていて楽しいという、理想的な「ライフワーク」になっていたのです。



それから、アメリカで、留学生活していた頃にも、ある日本人の方と、知り合ったのですが、その方は、バーの用心棒を、されている方でした。

筋トレを、熱心にやっていて、凄く力は、強かったのですが、腕相撲の技を知らないために、腕相撲は、それほど強くなく、それが、用心棒という仕事にも、悪影響を、及ぼしていました。

バーなどで、酔っぱらいから、腕相撲を挑まれることが、多かったそうです。

それで、自信がないので、避けていたら、

「ヘイ! チキン(臆病者)!」

と、バカにされていたそうです。

私が、腕相撲の技に詳しいことを知って、

「ぜひ、教えてください!」

と頼まれたので、この方にも、週に何回か、レストランのテーブルで、教えていました。

そのたびに、食事を、奢ってもらいました。




このように、ビジネスというのは、何でもありなのです。

趣味や遊びは、楽しければ、それでいいのですが、ビジネスは、その商品やサービスに、対価を払ってくれる人がいなくては、成立しません。

これを、逆に言えば、誰かが、お金を、払ってくれれば、それは、立派なビジネスなのです。



私の場合は、もしかしたら、このアメリカで、バーの用心棒の方に、腕相撲を教えて、食事を奢ってもらったのが、最初の起業だったのかもしれません。

「誰かの役に立って、喜んでもらい、それから、その報酬をいただく」

これを、意識したのが、この時からだったからです。

この時期と同じくらいに、ノニジュースというサプリメントの販売も、始めました。

このジュースの販売もから、少しづつ本格的に、ビジネスを、やりはじめました。


それから、2002年に、アメリカ留学を終えて、日本に帰国する時に、その時に、お世話になっていた本間先生から、

「キネシオロジーを、仕事で、やってみない? トーマ君だったら、面白い広げ方が、できると思うよ」

こう提案されて、これを、日本で広げることを、始めました。

それから、現在まで、これを本業にして、生活しています。


このキネシオロジーですが、筋肉の反射を利用して、潜在意識を、探るのですが、腕の押し方を、最初に、知った時に、

「これって、腕相撲(アームレスリング)の力の入れ方に、似ている!」

と思ったのです。

だから、すぐに上達しました。


私の場合、「パワーリフティング」→「アームレスリング」→「キネシオロジー」というかんじで、仕事に繋がったのです。

まさか、こういう繋がりになるとは、まったく予想していませんでした。

宇宙は、こういう面白いイタズラを、たまにやるみたいです。




これから、起業を考えている方は、心構えとして、まず、何よりも、絶対的に、誰にも負けないものを、見つけることを、第一に考えてください。

それには、ある程度の年月、コツコツと、実力を積み上げていくような地道な努力も、大切です。


私は、20代の頃、週末などは、皆が、恋人とデートしている時に、自分だけ、パワーリフティングのジムや腕相撲の練習所で、ひたすら、汗を流していました。

それから、汗を流していない時は、ファミレスで、ひたすら、精神世界の本を、読みまくっていました。

それが、現在に、繋がっているのです。


それから、もうひとつ。

一つのことを極めるのが、理想ですが、そうじゃない場合、中途半端でもいいので、複数の特技を、組みわせると、簡単に、ナンバーワンになれます。

失業時代のパワーリフティングのジムでも、私よりも、パワーリフティングが、強い選手は、たくさんいました。

私が、人気があって、食事に、よく誘われたのは、パワーリフティング以外にも、腕相撲(アームレスリング)や精神世界にも、詳しかったからです。

この3つの知識を、ミックスすることで、ジムの中で、人気者になったのだと思います。




冒頭の話と矛盾するようですが、起業というのを、あまり大げさに考えすぎないというのも、大切です。

今日から、今いる場所で、ビジネスは、できるのです。

私が、腕相撲で、起業したように、レストランや喫茶店などで、簡単に、始められるビジネスは、山ほどあります。

自分の身体一つで、始められるものは、リスクがないという、とても大きな利点もあります。

何かを販売する目的で、ちゃんとしたお店を、開こうと思ったら、敷金や礼金を含む家賃に、もの凄いお金が、かかります。

それで、お客さんが、来なかったら、大変な額の借金を、抱え込むことになるのです。


しかし、腕相撲での起業など、店舗を構えないビジネスは、もしも、お客さんが、1人も来なくても、借金などしていないので、収入が、ゼロになるだけです。

起業というのは、このように、リスクのないものから、スタートするのが、理想なのです。

そうやって、少しづつ失敗しながら、自分に最適な仕事を、見つけるのです。


そういう喫茶店で、気軽にできるものとしては、占い、カウンセリング、英会話のレッスンなども、いいと思います。

あまり、怪しく見れれないようなものなら、各種のヒーリングなども、いいと思います。

手かざしなどのヒーリングやフルトランスのチャネリングなどは、喫茶店などの公共の場では、周囲から、怪しい宗教だと思われることもあるので、要注意です。

歌などに、自信があるのであれば、カラオケボックスで、ミニライブをやっても、いいでしょう。

このように、リスクなしで、簡単に始めれらるビジネスなんて、たくさんあるのです。


加えて、現在は、インターネット上に、ショップを、開くことができます。

安い値段で、かなりいいサイトも開けるし、ブログなど、無料で、今日からでもできます。




冒頭に、起業して、生き残るのは、100人に1人だと書きましたが、これを、逆に言うと、1人の人が、100種類の起業をやれば、必ず、1回は成功して、生き残れるということです。

私など、起業して、12年以上になりますが、この間に、50以上のビジネスを、やりました。

ただし、ほとんどが、インターネット上で、やったので、リスクが、ゼロだったのです。

リスクのないビジネスは、失敗がないのです。

「貴重な経験が、どんどん積み上がって、成功に、どんどん近付く」

という学びの宝庫なのです。




これからの時代は、世界中が、激動します。

政府や大企業などの組織も、あてにはできません。

こういう時、

「自分の身は、自分で守る」

こういう意識が、大切なのです。


それまで、動物園や家庭で、飼いならされていた動物が、いきなり、野生の生活に、戻るようなことが、これから、どんどん起こると思います。

野生は、とても厳しい世界ですが、そこで暮らす動物たちは、皆、神々しく、逞しいです。

これからの社会は、こういう逞しい野生動物のような生き方が、求められてくるのです。


でも、大丈夫です。

ちゃんと、宇宙の法則に従って、自分の魂のワクワクに従っていれば、宇宙が、うまく導いてくれます。

私は、自分の経験から、自信をもって、そう言い切ることができます。

「起業への道」

この厳しいながらも、とてもワクワクする道へ、ぜひ、一歩踏み出してくださいね。








PS 1998年に、カリフォルニア州のアームレスリングの大会に、出場した時の写真です。

真ん中が、私です。

楽しかったな~







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