よりファンタジー度合いを高めたい方は
こちら も合わせてお読みください。
オリオン星人とか出てくるけれど、私的には、元何星人とかは、どうでもいい派。
否定もしないけど、気にもしない。
こちらのブログでは、オリオン座には宇宙のゲートがあるという話が出てきます。
そんな事も頭の片隅に置きながら読んで頂くと、ファンタジー感がさらに2倍増しになります
大宮氷川神社、中氷川神社、氷川女体神社は、冬至、夏至のレイラン上に並んでいると言われています。
それと同時に、オリオンの3つ星と言われてもいます。
神社の場所は、時代とともに位置を変えてしまう事もあるので、いつレイラン上に整えたのかは分かりません。
オリオン座とすると、3つ星の斜めが反転しているから違うという説もあります。
その辺はすっ飛ばして、もしも、本当にオリオン座だったら?という視点で見ていきたいと思います。
オリオン座の3つ星は、古代日本では弓の形に見られ、戦いの神様を連想させるものでもあったようです。
さらに、その昔、星を頼りに航海をしていた頃、真西に沈むオリオン座は、北の北極星や北斗七星とともに、大切な目印だったそうです。
海を渡ってきた一族にしたら神様ですよね。
オリオン座は、オリオン座流星群の起点です。
天の神様が星に乗って地上にやってくると思われていたような時代、毎年決まった時期に大量の流れ星の起点となる場所。
そこに、この世と、神の世の門があり、その門が開かれる時がある。
流星群は活発な時期と、おとなしい時期があり、古代、とても活発な時期と信仰が重なっていたら、神様の世界のゲートがあるように感じたかも知れませんよね。
一年に一度、流れ星がたくさん見られる時だけ、神様とこの世との間のゲートが開く。
七夕で笹を立てるのは、神様の依り代だったのかな
七夕祭りとオリオン座流星群の時期は違うけど、何処かに繋がりはありそうな気がする。
氷川神社に祀られる門客人神社、アラハバキ神。
以前はちゃんとお名前があって、黄泉の国と、この世の境い目の、門の神様が祀られていたという記述を見かけました。
古くは、塞ノ神と言われる、境い目を守る神様だったのでしょうか。
見沼の広大な沼地、そこを天の川と見立てて、あの世とこの世、神世と現世のゲートを作り、神様と繋がろうとした。
そんな事を想像した時に、中島みゆきさんの「地上の星」が頭に流れました。
風の中のすばる 砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
草原のペガサス 街角のヴィーナス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかりみてる
つばめよ 高い空から
教えてよ 地上の星を
つばめよ 地上の星は
今 何処にあるのだろう
崖の上のジュピター 水底のシリウス
みんな何処へ行った 見送られることもなく
名だたるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかりつかむ
つばめよ 高い空から
教えてよ 地上の星を
つばめよ 地上の星は
今、何処にあるのだろう
日本の神様や歴史を本気で探ってみようと決心した時に何故か頭の中に流れたチェリーブラッサム。
その中の「つばめが飛ぶ 青い空」という歌詞。
そして、ここでも、また、つばめが飛ぶ。
氷川の「氷」ともリンクする。
簸川から付けられたとするなら、何故『氷川』になったのか。
熱田神宮の元宮『氷上姉子神社』が火上だったのに『氷上』とされている事と合わせて気になるところ。
頭の中で歌いながら、泣きそうになった
時の権力者によって消され
忘れ去られてしまった神様たち
本当に大事なものは
大地なのに
水なのに
山なのに
神様はそこにいるのに
縄文の戦の無い平和だった時代、
自然は最大の脅威でもあった。
それでも、人々は
自然に感謝をして生きていた。
現代のように、荒々しさと穏やかさ、その片側だけを欲しがったりしなかった。
1つの物の性質のどちらかだけを選べないことを、分かっていたと思う。
宇宙と繋がるファンタジーから、
一気に地上に目を向けさせられた感じ