8月末、高3娘の最後の陸上大会があった。
(2ヶ月以上、ブログをサボった💧)

このブログでは何度も書いたが、娘は小学校で一番足が速く、自信満々で中学陸上部に入部した。
コロナ真っ盛りで、中1の頃はあまり活動できていなかった気がするが、大会がボチボチはじまった頃には、陸上界で娘の足の速さは『凡人』であることがわかった。
そこから何とか努力するものの、記録はさほど伸びず。100メートルに見切りをつけ、中距離種目に転向したのが中3のとき。
年長から続けてきた空手のおかげで人より少しスタミナがあったが、入賞など夢のまた夢だった。
高校でも空手と陸上を続けたが、陸上では5回大会があれば4回は悔し涙を流していた。
追い込んではケガをして、焦って走ってまた痛め、1年自己ベストが更新できないこともあった。
毎日、近所の公園まで走りに出ていた。
どんな天気だろうと、テスト中だろうと、夜遅くに父がチャリンコで伴走した日もあった。
食いしん坊のクセに、食事管理もして体脂肪は12%を常に切っていたようだ。誕生日もクリスマスも正月も、好きなものを我慢していた。
部長になって負担も大きかったのだろう。
勉強、陸上、空手で疲れ機嫌も常に悪く、『無理するな、休め』と何度も伝えた。
楽しみでやることなのに、健康を害してどうするんだと💢😠💢
高2の冬、800メートルで『東京都選抜合宿』に声掛けされた。自分より速い人ばかりの中で過ごした4日間は、オーストラリアに留学した1ヶ月より辛かったそうだ😅
その合宿で娘はトレーニング方法や食事、普段の生活についても学んできた。周囲の速い選手への劣等感の中だから、より吸収できたのだろう。
高3のシーズンは少しずつ記録を伸ばしていった。空手と違い、全て結果は数字で表れる。
ケガしても、無理をしなくなっていた。
以前より、肩の力が抜けたフォームになった。
自分と向き合うことが上手になったらいつの間にか、悔し涙もあまり見なくなっていた。
迎えたラストレース。
酷暑の中は記録が出にくい。
父は仕事で観に行けず、スマホの速報待ちだった。
『陸上の神様、お願いだから自己ベスト出させてやってくれい!』父は全く仕事に集中せず、スマホばかり気にしていた。
(東京都私学大会)
800メートル 第4位 (自己ベスト)
1500メートル 第4位 (自己ベスト)
自己ベストで引退という最高の結果を迎え、父は涙ぐみながら仕事に励んだ。

娘はずっと空手を続けてきたが、部活での陸上競技を通じて『ファイター』から『アスリート』へ変わった。
①自己管理
②時間管理
この2つの能力は、数字で正確に結果が出る陸上競技で、より高まったのだと思う。
お疲れ様の気持ちも込めて、父は娘が欲しがっていたランニング用のサングラスを買いに出かけた。
『どれでも、自分が好きなものを買いなさい』
なんだか遠慮がちな娘に、父は格好つけて妻にクレジットカードを渡してその場を去った。
娘は絶対に眩しくない曇った日にも、サングラスをかけて走りにいくようになった。
『可愛いやつめ』と父はほくそえんでいたが、
ある日見てしまった。
サングラスの箱に貼ってある小さな値札シールを。

父さんなんだか涙であまり見えないや…