ある年老いた精神科医が、カウンセラーのもとを訪れ、苦しみを切々と訴えていました。
それは最愛の妻に先立たれたこと。
妻がいなければ自分には生きる甲斐がない。自分たちがどれほど愛し合ってきたか。どれほどかけがえのない日々をともに過ごしてきたか。
妻のいない毎日は孤独感にさいなまれ、苦しいばかりだ。
それなのに妻は先に逝ってしまった。愛していたのに裏切られた気分だ。
自分も命を断とうかと何度も考えるが、自分を必要とするクライエントがいると思うとそれもできない。
私の幸せは永遠に過ぎ去ってしまった。
こんな日々がいったいいつまで続くのか。。。
それをただ聴いていたカウンセラーが言いました。
「あなたはとても奥さんを愛しておられたんですね。」
「そうですとも。妻も私を愛していた。それなのに、、、」
「では、まだしもよかったのではありませんか。もしあなたが先にこの世を去っていたら、あなたの今の苦しみを奥さんが味わうことになっていたかもしれません。少なくともあなたは、奥さんにその苦しみを与えることがなかった・・・。」
老精神科医は、しばらくじっと目をつぶってカウンセラーの言葉を反芻していました。
やがて顔を上げ、カウンセラーの手をぎゅっと握り、うなずいて立ち上がり、部屋に入ってきたときには見られなかったような生気に満ちた表情と力強い足取りで出て行きました。。。
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ずいぶん脚色しましたが、ある心理学の本で「共感」(だったかな?)について載っていたエピソードです。
(原本が手元にないので記憶で書きました。もとを知っている方、間違いがあれば訂正してください。)
物事がうまくいかないとき、自分がなんでこんな目に合うのか、世の中不公平だ、他の奴らはもっといい思いをしてるのに。。。どうせおれなんてうまくいかないに決まってる。。。
なんて人をやっかんだり、自己卑下をしたりすることありませんか。
そんなとき、ちょっと考えてみたいんです。
自分が何に対して苦しんでるのか。
本当はどうしたいと思っているのか。
自分がこの試練を体験することにどんな価値があるのか。
苦しんでいることさえ、本当は純粋で尊いことなんです(^^)/
