前回、カミーユ・ピサロを取り上げて大好評だった『気になる画家を掘り下げるぞ!』の2回目は奇跡の天才画家、アンリ・ルソーさんです!
(カミーユ・ピサロについてはこちらからどうぞ↓)
アンリ・ルソー《私自身:肖像=風景》(1890年)、プラハ国立美術館蔵
アンリ・ルソー(1844-1910)はフランスのマイエンヌ県ラヴァルというところにに生まれます。
ルソーは高校を中退後は、兵役を逃れる為、法律事務所に勤務。
しかし、法律事務所の金を着服し有罪判決を受けると、今度は一転、感化院(※少年院みたいなもの)行きを逃れる為、兵役を志願。
その為20代前半は軍役を担うことに。
1871年からは、パリの入市税関職員となりますが1893年、22年間勤務した税関を早期退職。
この時ルソーは49才。
元々日曜画家として絵を描いていたものの、画家としてのスタートは相当遅め。
そんなルソーの作品は生前ほとんど理解されませんでしたが、晩年にはあのピカソがルソーの作品を購入。
また、1908年にはピカソが「アンリ・ルソーの夕べ」というアンリ・ルソーを称える夜会を主催。
この時ルソー64才。
ちなみにこの年、ルソー生前で唯一の個展が開催されるものの、主催者が会場の住所を書き忘れた為、奇跡の来場者数ゼロを記録
その翌年、54才の未亡人に恋心を抱いたルソーはプロポーズを決行
するも拒絶される(※ルソーは2回結婚するも死別しています。)
さらにその翌年、ルソーは66才でこの世を去ります
そんな奇跡の自由人、ルソーは正式な美術教育も受けていない為、描いた作品やその描き方がかなり独特。
アカデミックな正統派の絵画を目指したルソーは『絵画の描き方読本』を片手に独学で絵を学びます。
さらに肖像画を描く際は、モデルの顔や身長、手の大きさなどを綿密に計って描きました。
また、ジャングルなどの異国の世界を描く際は、雑誌や新聞の挿絵や写真をパクって描き、挙句自分は実際に行ったことがあると言う始末。
行ったことがあるのは近所の植物園。
そんなルソー、画家のマリー・ローランサンと詩人のアポリネールを描いても、
アンリ・ルソー (1844 - 1910)≪詩人に霊感を与えるミューズ≫1909年 油彩、カンヴァス 131×97cm
うん、ヘタ!!
計った意味無し!
でもそこがいいっ!!
すごくいいっ!!
ジャングルを描いても、
アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》アンリ・ルソー1910年90×116cm油彩・カンヴァス
馬を襲うジャガーじゃなくて、ジャガーを襲う馬になってるよ!
あと馬、バッチリカメラ目線やめろっww
可愛らしい子供を描いても、
アンリ・ルソー《人形を抱く子ども》 1904-05年頃
これじゃおじさんの人形を持つおかまだよ!!
また、別の子供を描いても、
アンリ・ルソー《Boy on the Rocks》 1895–97年, ナショナル・ギャラリー, ワシントンD.C.
これじゃ1000m級の峰々に鎮座するケツアゴおじさんだよぅ( ノД`)
スポーツをする人たちを描いても、
《The Football Players》 1908年, ソロモン・R・グッゲンハイム美術館
何の競技だよっ!!
勝手に展覧会の参加を呼び掛けても、
(※アンデパンダン展は無審査の展覧会の為、ルソーの様な画家でも参加できたのです。)
アンリ・ルソー《第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神》1905-06年
自由の女神、何故おじさん顔!?
あと、アンデパンダン展にこんなに参加者いないでしょ!?
和やかなファミリーを描いても、
アンリ・ルソー 《ジェニエ爺さんの馬車》1908年 サイズ:97x129cm
手前のイヌッ!
サイズ感っ!
もう奇跡だよ!
そんな奇跡的な素晴らしい作品の数々を残したアンリ・ルソーを称え、今回はGReeeeNのキセキでお別れです。