タビサ・キング著 宇佐川晶子訳の小説「埋葬された涙」(新潮文庫)を読んだ。書棚の文庫を手に取ったきっかけは単純に面白い翻訳文学に接したい思いがあったのだが、米中間選挙まっただ中で、〝セレブの民主と労働者の共和〟の対立構図に関心を持ったことからでもあった。

 キングの名の通り彼女は、ホラー小説で世界的に売れっ子のスティーヴン・キング夫人。スティーヴンの手が入って、さぞかし面白いだろうとの思惑もあった。

 「埋葬された涙」は、取り返しの付かない分裂と暴力と差別に毒されたアメリカ社会を、破滅的なある男女の恋に重ねて描いたシリアスな内容。キリスト教保守・女性差別・暴力・飲酒といった数々のモチーフに、夫スティーヴン描くホラーの味も取り入れたような箇所もあり、不条理性も描き出されている。

 自然環境が多く残る米最北東部メイン州の架空の町ノーズリッジが舞台。産科医の妻で考古学者のトーリー・クリストファーと彼女夫婦の別荘の管理人ジョー・ネバーズとの男女関係の在りようが舞台を回す。

 トーリーはセレブな階層であり、表面上は何不自由なく暮らしているようだが、この夫婦に絡む何組かの友人夫婦たちとの付き合いも、倫理感から外れた行動が続いている。

 姦淫に倦んだ生活。管理人ジョーとは彼女の新婚時、ほんの戯れのつもりで彼女から誘った関係。罪悪感に捕われはするが、今もあたかも氷河期の氷のように体の関係を続けている。

 物語の構成は「1982年 聖土曜日」「1956年 秋」というように章分けし、アトランダムに掌編エピソードを連ねていく。

 圧巻は、トーリーのキャデラックにジョーのトラックが重なるように深い溝に脱輪しジョーが挟まれて気絶。彼を救おうとトーリーが極寒の下、凍る溝に潜り込み車体を体で支える場面。まるで車2台が恐竜か猛獣のように描かれ、自然の力と人間愛の力のせめぎ合いを見るようなのだ。

 アメリカ合衆国の暴力と女性差別、堕胎禁止、キリスト教保守、銃社会といった負の側面は何も共和党的要素ではなく、民主も含めた〝合衆国の病い〟であることが伝わってくる。

 この文庫はスティーヴンの「グリーン・マイル」を読んでいて古書店で目に付き手に入れたもの。「グリーン-」を完読して結局、タビサを手にすることなく、10数年を経た今、読むことが出来た。米中間選挙、トランプのクーデター行為に合衆国の〝怪物〟を見た思いに刺激されて読んだのだった。

 帯に「知的で自由な精神を持つ考古学者と、彼女に30年間無償の愛を捧げ尽くした男の風変わりな恋」とあるが、このコピーは私には???でした。

花、テキストの画像のようです