温泉旅館の資産価値考察 | 猫好きのブログ

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資格試験とその応用

 岩手県の雫石(しずくいし)に長栄館という老舗旅館がある。温泉街の中心施設だ。

 

 社長は創業者一族の三代目で37歳と若い。父親の急逝により20歳で社長に就任した。全国旅館業界団体青年部の副部長をしており、将来有望であっただろう。

 

 旅館の全景写真とHPを見ると、外観は昭和の雰囲気があるものの、部屋は立派であり、少人数客、高齢者、外国人に配慮していることが分かる。

 

 ところが社長が今年の一月に新型コロナの助成金を詐取した疑いで逮捕されたのだ。その後、代表者は同じ苗字の女性に代わっているので、恐らく母親であろう。

 

 そして経営は悪化し、運営会社は破産した。従業員は全員解雇されることになった。旅館の事業譲渡先を募集したところ、1社が現れ希望額は2億円であった。従業員の再雇用が前提であろう。

 

 ところが大口債権者である金融機関が3.3億円以上を主張し、譲渡は成立しなかった。負債金額は28億円というから、増改築や設備投資に数十億円を注ぎ込んただろう。

 

 部屋は55室、料金は食事込みで1人1万円前後。中規模でグレードも中ぐらいであろうか。

 

 1室3万円(平均3名宿泊と仮定)、部屋稼働率50~60%(コロナ前の2019年の全国平均値は60%だった)として計算すると年商は

 

  =3万円/室×55室×365日×稼働率0.50~0.60=3.0~3.6億円

 

 土産、マッサージ等の付帯収入や日帰り入浴といった売上もあるだろうから、仮に上記の2割増しとすれば、年商3.6~4.3億円となる

 

 他方、負債は28億円なので、年商の7倍前後にもなる。融資金の返済は一般に融資期間中の分割返済なので、これは厳しい。

 

 ましてはコロナの最中はホテル、旅館の稼働率はかなり低下したので、資金繰りに窮したのだと考えられる。他の宿泊施設でもコロナ助成金の不正受給事件が起きていた。

 

 この旅館の実際の年商の公表資料がないので推定値に依ったが、多少の誤差があったとしてもこの負債は重すぎる。

 

 事業譲渡を受ける企業は負債を受け継がないが、売却期間中に1社しか現れず、しかも2億円というから、旅館経営の厳しさが分かるというものだ。

 

 金融機関が最低3.3億円の売却を希望したということは、ホテル売買の指標である年商=物件売買価格の公式に基づいたものであろう。

 

 競争相手がいれば、価格は自然と競りあがるが、一社だけだと自社に有利な価格提示をするだろうから、2億円は適正価格よりも低い可能性がある。それでも他に買いたい人が出てこなければ、その値段で売らざるを得ないかもしれない。

 

 事業譲渡といっても、新運営会社は今までなされなかった建物の修繕費や開業に当たっての諸費用を負担するため、継続事業価値よりも安く買わないと採算に合わないものだ。