ジハード=聖戦かと思っていましたが、全然違うんですねー。

 

ジハードアラビア語で「奮闘、努力」などの意味で、

 

コーラン(クルアーン)にある「アッラーのために真の奮闘をせよ」

 

というのは、全然「異教徒と戦え」みたいな意味ではなかったのだ。

 

 

 

前にちょっと聞いたことがあった気がするけど、人を殺すのもダメなんですね。

 

正確な言い回しは覚えていませんが、人一人の命を奪ったものは全人類の命を奪ったのと同じぐらいのことだ、というような意味の言葉が番組中でも紹介されておりました。

 

 

 

Eテレ こころの時代

 

ムスリムとして日本に生きる 私にとっての「ジハード」

 

 

初回放送日:2024年8月25日

配信期限 :9/1(日) 午前6:00 まで

イスラームのモスク「マスジド大塚」は生活困窮者への支援を続けてきた。その活動を「ジハード」だと語る事務局長のクレイシ・ハールーンさん(58)の人生をたどる。

イスラームの聖典「クルアーン」に書かれる「ジハード」とは「奮闘」を意味する言葉。巷でイメージされる「聖戦」などを直接指す言葉ではない。1991年に留学のため来日以来、クレイシ・ハールーンさんは、日本の「隣人」のために尽くすことを自らの「ジハード」としてきた。その原点は、母国パキスタンの両親の教えにある。「マスジド大塚」の活動の積み重ねと、クレイシさんの「ジハード」としての生き方の信念を伺う。

 

 

(無料配信終了後はNHKオンデマンドで有料配信)

 

 

 

 

8月31日(土)午後の再放送で見ましたが、立派な人ですよ。

 

ご両親も立派な人たち。お母様は12年前に他界されたそうですが、お父様は90歳でご健在で、今年は20年ぶりに故郷で一緒にラマダン明けのお祝いをしたそうで、良かった。

 

 

 

ところで、番組ではマスジド大塚(モスク)の礼拝の様子が男性ばかりだったんですが、そういえば女性はどうなってるんだろう?

 

大きなモスクだと女性用の礼拝エリアがあったりするんだけど(シンガポールのサルタン・モスクで知りました)。

 

 

 

ググってみたら、「階が分かれているモスクもある」という情報が。←サルタン・モスクもそうなのか。内側と外側ぐらいに思っていた・・・。

 

そういえばマスジド大塚は縦長の何階かある建物。

 

調べてみると、やっぱり女性階があるみたいです。

 

 

1階が女性用、2階が男性用、3階も必要に応じて使用する、と。

 

「こころの時代」では最上階にキッチンがあって、ホームレスへの炊き出しの食事もそこで作っていると紹介していました。

 

 

 

 

番組でも、女性の活動の様子は出ていました。日本でも、クレイシさんの故郷パキスタンでも。

 

 

ただ、イスラームは男女エリアを分ける習慣なので、カメラマンが男性だと女性用の場所には入れないし、撮影させてくださいとか写真を出してもいいですかとかいうモンダイがあるので、いかんせん男性の映像や写真ばかりが掲載されるケースが多いんですよね。

 

(日本人女性が書いているイスラム文化の本などで女性の様子を知ることができます)

 

本で写真を見たことがありますが、家庭の中では家族が一緒に礼拝します。男性だけが礼拝する宗教ではありません。

 

 

モスクでの礼拝の場合、男性が前、女性が後ろ、というエリア分けをしている場合もあるそうなんですけど、理由が可愛いな(というか、しょーもないな)と個人的に思ったのは、「前に女性がいると男性の気が散るから」という説です。

 

そりゃ確かにそうかもね(笑)

 

逆は大丈夫だけど。だって男性の後ろ姿やお尻を見たりしたって、女性はあんまりどうとも思いませんものね。

 

 

 

 

それはともかく、「ジハード」の本来の考え方とその実践には大変感銘を受けました。

 

どの宗教でも、良い解釈をすれば良い心がけと行いが生まれ、誤った解釈をすれば戦争や暴力や問題が起きるんですよね。

 

(イスラームに限らず、仏教でもキリスト教でも何でも同じ)

 

 

番組中で、「具体的な名前を出すのはあれですけど」という感じでクレイシさんが言及していたのが、オウム真理教のこと。

 

本来の仏教とは関係ないですよね。と。

 

イスラム教も、過激派が言ってるのは本来の、あるいは普通のイスラム教じゃないんですよね。

 

 

 

私は豚肉を食べたいしたまにはお酒も飲みたいし、日本では普通のハラームな食品も食べたいので・・・という軽薄な理由でムスリマ(女性のイスラム教徒)にはなりませんけど、「ジハード」の真似はしたいなと思いました。

 

どのくらいハラールを守るかは人によるそうですけどね)

 

 

っていうか、クレイシさんがおっしゃるように、宗教はどれでも良いんですよね。民族も国籍も関係ない。

 

国の政策と個人個人は別だ、という考え方にも賛成です。