2026年4月25日、26日の2日間で「青年茶人 京都のつどい2026」が開催されました。
メインイベントである25日の懇親夕食会(於:ザ・プリンス京都宝ヶ池)や、26日のご宗家による茶会をはじめ、各自申し込み制のオプショナル行事、大ブロックナイトなど、イベントが目白押しの濃密な2日間でした。
私が参加したオプショナル行事は25日開催の正午茶事です。
なんと詰客という大役!不手際の無いよう試験勉強の如く(!)準備して臨みました。
会場は、住宅街のなかに佇む緑豊かなお寺「永春寺」。
穏やかな雰囲気に包まれた美しい空間です。

ご亭主としておもてなし下さったのは米澤宗昭先生。
緊張する私たちに、「色々と本に書いてある作法もありますけれど、お料理とお茶を楽しんで下されば何よりです」と優しいお言葉。
私たちの頬も緩みます。
待合から始まり、初炭、懐石、濃茶……と茶事が進んでいきます。
そこで私が最も驚いたのは、ひとつひとつの流れの圧倒的なスムーズさでした。
私も社中の茶事では後炭点前をさせて頂いたり、水屋のお手伝いをさせて頂いたりと、亭主側の動きをよく心得ているつもりでした。
しかし全体の流れで見ると初炭と懐石の間がもたついたり、濃茶点前に大変時間がかかったり…一つひとつの流れがぶつ切りになってしまいがちです。
「茶事は稽古の集大成」とはよく言いますが、それぞれのお点前をよどみなく進めるだけではいけないと痛感しました。
すべてを一つの大きな「流れ」として紡いでいくことの大切さ。詰客という立場から全体を見渡したからこそ、気づけた学びでした。
米澤先生は「懐石はお米のフルコースですからね」とおっしゃいました。一文字飯から湯づけまで、お米をおいしく頂くお作法とのこと。
お恥ずかしながらお酒と八寸が大好きな私…。「飯器が何度も出てきてややこしいなあ」「一文字飯ってよそいにくいのよね」となんとなく自分の中で脇役にしてしまっていました。
しかし言われてみれば確かに、懐石の中でお米だけが炊き加減を変えて出てくる…!(お酒もお米からできてますよね)
ほかのお料理はこのお米をおいしく頂くためのものなのか〜、と懐石を一通り頂きながら心の中で深く頷いてしまいました。
また、初炭の際には「水から沸かしますからね」と先生。 「普段のお稽古ではこうはいきませんでしょ。どうしても時間の都合なんかでお湯を入れますね」とおっしゃる通り、そもそも大きなお釜に水をたっぷりと入れ、炭の温かさだけで湯を沸かすのは、私にとって至難の業です。
普段のお稽古では、初炭でも後炭でも顔がこわばり、手まで震えてきて、最後には「お願い!火、消えないで!」と祈るような気持ちになることもしばしば。
しかし先生はさらさらとお点前を進め、あっという間にパチパチと炭のはじける音。懐石を頂いているとシュンシュンとこれまた心地よい音。
中立ちの頃にはすっかり湯が沸き濃茶への気持ちが高まりました。
今回、濃茶については事前にアンケートがあり、全員が「問題ない」と回答していたため、飲み回しとなりました。
この日初めてお会いした方々と一碗を共にする。同じ状況でこの一碗を頂くことは二度とない。「一期一会」の出会いに感謝して濃茶を頂きました。
あっという間の4時間が過ぎ、とても満たされた気持ちになりました。
正午茶事を終え、ザ・プリンス京都宝ヶ池へ。
ここでの呈茶や夕方からの懇親夕食会は、なんと700人規模の賑やかな催しです。
呈茶では各ブロックがそれぞれの地域の魅力を活かしたお菓子や設えでお迎えくださいました。
私が頂いたのは北海道のお席。
可愛らしいシマエナガの飾りや白樺の花入、そして地元の銘菓を頂き、まるで北海道旅行に行ったようでした。
懇親夕食会では50以上のテーブルからなる立食形式で、ブロックを越えての交流をすることができました。
いくつかのテーブルにはご宗家の方がおいで下さり、楽しいお話に笑いの絶えないひと時となりました。
2日目の茶席ではご宗家の方々によるお心尽くしの設え、お菓子やお抹茶を頂きました。多数の青年部員を受け入れて下さること、改めてご宗家の懐の広さに感謝した2日目でした。
ここで、初日に米澤先生が丁寧にお話ししてくださった言葉を振り返りたいと思います。
「皆さんが今日ここに集まれたのはラッキーです。でも、ただのラッキーで済ませてはいけない。この2日間の経験を必ず社中に持ち帰り、皆に話してください。お稽古してる先生に感謝を伝えて下さい。またお家元にも、もしお話できる機会があればお礼を伝えて下さい。この2日間を皆さんにどう楽しんでいただくか、お家元は色々と大変に考えて下さった。」
「厳しいことを言うようですが」と前置きされたそのお言葉は、私にとって背筋の伸びる、とても大切な教えでした。
私たちが参加するにあたり、お家元をはじめご宗家の方々、実行委員の方々、お茶事のお水屋を担当下さった先輩方など、数え切れないほど多くの方々に支えられて成り立っているのだと、改めて深く感謝いたしました。
今回の京都のつどい2026に参加し、お家元がおっしゃった、次のお言葉がとても印象に残っています。
「皆さんは雨粒です。一つひとつは小さいけれど集まれば水たまりになり、川になり、いつか海に流れていく。皆さん一人ひとりのお茶に対する思いが合わさって大きな力になることを願っています」
このお言葉を聞きながら、私は実行委員の方々のことを思い出していました。
受付、呈茶、写真撮影など、盛りだくさんなイベントがどれもスムーズに進行していたことに感動していたからです。
700人以上の大人数を滞りなく動かすために、事前に考え抜かれた動線、待機場所、タイムテーブル。
それを私たちに分かりやすく伝えるための資料作成や連絡網など、裏方の細やかな事務作業は想像を超えるものだったはずです。
その時は「実行委員の方々、本当に手際が良いな……」とばかり思っていましたが、お家元のお言葉を聞いて、ハッとさせられました。
「このスムーズさは、私たち参加者全員の行動もあってのものだったんだ」と。
参加者である私たち一人ひとりも、事前に資料を読み込み、「時間に遅れないように」「場所を間違えないように」とお互いに協力し合って動いていました。(きっと目に見えないイレギュラーを、実行委員の方々が臨機応変にカバーしてくださっていたのだと思います)。
そうした青年部員全員の「お茶を成功させたい、楽しみたい」という雨粒のような思いが集まったからこそ、大きな川となって、この素晴らしい2日間が流れていったのだと感じます。
長々と書きましたが、改めて開催に関わった皆様に感謝申し上げます。
とても楽しく参加させて頂きました。
また正午茶事は素晴らしい経験となりました。
私たちはこの2日間の経験を活かして今後もお稽古に励み、よく勉強し、青年部員として活動したいと感じました。

