[59]ゴースト・ボーイ/M・ピストリウス(PHP研究所)──10年の植物状態から目覚めた少年 | 書評 精神世界の本ベスト100

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 たしか3年位前ですが、海外ニュースで「ゴースト・ボーイ──10年の植物状態から目覚めた少年」という見出しで、その少年の写真が出ていました。私はその写真が記憶に焼きついていたので、先日、書店でこのドキュメンタリー(翻訳本)を見つけた時は、思わず手に取ってすぐに購入しました。

 著者であるマーティンは、12歳の時に原因不明の病気で昏睡状態に陥り、意識不明の植物状態となりました。
 ところが、なんと2年後の或る日、意識だけが覚めたのです。しかし、体は動かせず、口も利けず、目は見えても視線を合わせることは不可能。意識が戻ったことを誰にも伝えられない状態だったのです。そして、そのまま10年間、彼は自分でコントロールできない身体の中に閉じ込められたままでした。

 彼は、その時の精神状態を次のように語っています。
「こんな映画を観たことはないだろうか? 或る日、目覚めると幽霊になっているのだけど、自分が死んだことがわからない。僕もそんなふうだった。みんな僕がいないかのように振る舞っているけれど、なぜなのかがわからない。『僕を見て』と必死で頼み、訴え、叫び、金切り声を上げようとするが、誰も気づいてもらえない」
 彼は、周りで起こっていることは普通の人のように気づいていたのですが、誰も彼の意識が戻ったことに気づいてはいなかったのです。
「ほかの人たちにとって、僕は鉢植え植物みたいなもの。水を与えられ、部屋の隅っこにちょこんと置かれている。みんな、僕がいないことに慣れきっていたから、意識が戻ってきても気づかなかったのだろう。僕は単に存在しているだけだった。暗いところで消えようとしているみたいに…」
 体の中に閉じ込められ、コミュニケーションを奪われている状態が、いかに人間にとって耐え難いことなのか。もしかしたら一生このままで、孤独の中で生きていかなければならない。彼は絶望感の中で、身も心も打ちのめされたに違いありません。医師たちもどうしていいかわからないので、家に帰して亡くなるまで待つようにと言われたそうです。

 ところが或る日、一人の看護婦が彼のリアクションに気づき、家族に病院に連れていって検査をしてもらうようにと伝えました。彼女が話かけた言葉に、彼の目が反応していることに気がついたのです。
 その後、言語療法士の検査を受けてからは、家族も積極的に彼に話かけるようになり、彼の身体は少しずつ働き始めてきました。両親は次第に、息子の知性が少しも損なわれていないことを知ったのです。
 誰も知らなかったのは、身体こそ無反応だったけれど、マーティンの心はゆっくりと目覚めていたこと。でも、それを伝えるすべがなかったことでした。
 それが最終的には、コンピュータ(AAC:補助代替コミュニケーション)を使って意思疎通ができるようになっていったのです。

 32歳の時、のちに彼が「運命の出会いだった」という或る女性との出会いが、彼の人生を大きく変えていきます──。その後どうなったかについては、ここでは解説しないことにします。ぜひ、ご自分で読んで確かめてください。
 最後に、彼が絶望の中で人生に見切りをつけた時、この世につなぎ止めてくれた理由が心に残ったので、次に引用させていただきます。
「或る日、横たわっていると、新顔の介護士がそばに座った。そして両手で僕の足をつかむと、マッサージを始めた。僕に触れたがる人がいるなんて、信じられない。そして、あることに気づかされ、僕はハッとした。人はたぶん、ほんの小さな理由で、人生をあきらめずにすむようになる…。僕は、自分が思っているほど不快な存在じゃないのかもしれない…。そして、こうも気がついた。人を何度も元気づけてくれるのは家族かもしれないが、見知らぬ人たちだって、救ってくれている。たとえ本人が、そうと気づいていなくても」
 人をこの世につなぎ止めるのに、ロープも鎖も要らない。見知らぬ人の何でもない行為が、僕らと世の中をつないでくれると言ってます。

【おすすめ度 ★★★】(5つ星評価)