歴史のビッグバン-4
昔、北京に行ったときに空から飛行機で万里の長城を見たことがある。北京北東側にある万里の長城であ.る。その万里の長城がある山の南側斜面は、ややなだらかであるが、北側は急勾配の急斜面であった。そして、その山の稜線が見えなくなるまで万里の長城は続いていた。どうやって建設したのか想像もできないし、あの急斜面を登ってくる匈奴の兵士を想像することは、私の頭脳の範囲を超えている。ただ、あの万里の長城が破られたら、北京(燕京)が一挙に陥落することは想像できる。東端の遼寧省虎山から河北省山海関に(以前はここから6,352kmとされていた)至り、西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8,851.8kmというのだから、空恐ろしい。どんなに考えてみても人間ワザではない。それ程に騎馬民族を恐れていたのである。被害妄想の秦のバカ皇帝が造ったのかとも考えるが、中国の歴代王朝がこの事業を継続したというのであるから、どうもこの恐怖は本物らしい。それ程に中国の歴代王朝を恐れさせたスキタイを始めとする騎馬民族とはどんな民族で、どうして移動したのかが疑問になります。スキタイは強国であり、豊かな国だったようです。どこからどこまでがスキタイなのかはいまもってハッキリしませんが、匈奴もスキタイであるという論もあるようです。もともとは、中央アジアからモンゴル高原あたりに住んでいた遊牧民族の一部が、現在のウクライナあたりに移動し、そこに住み着いた部族がスキタイになったような説もあるようで、まだハッキリしません。紀元後に現れた騎馬民族であるフン族は、中国北方にいた騎馬民族の匈奴の末裔だというような話もあって、そうなるとヨーロッパにも深く入り込んでいると考えられます。昔、トルコからの留学生と机を並べて勉強したことがあります。一回、彼が滞在していた、駒場かどこかにあった留学生会館に遊びに行ったことがあり、そのときの客の迎え方、客の送り方などの礼儀が、どこというわけではありませんが、韓国のそれとよく似ていると感じて大変親近感が沸きました。あまり、しっかりとは聞きませんでしたが、言葉の文法も似ているようです。別のときに、食事もご馳走してもらい、羊肉のケバブを振舞ってもらいました。香辛料が利きすぎて、やや苦手でしたが、遠い祖先を感じました。イスラム教では、豚肉が食べれないとのことで、どこに行っても私がいつも確認のためウェートレスに聞いて回り苦労しました。前に書いたとおりとすると、私と彼の祖先は同じかもしれない、なんて考えてしまいます。^^今日は、話を広げすぎて散漫になってしまいました。次回は、東アジアあたりに限って続きを書きます。