【社会保険審査会裁決】技能資格取得報奨金は賞与になるのか ~規程があっても労働の対償とは限らない~

 みなさま、こんにちは。東京の西新宿にある社会保険労務士法人東京おむろ人事サービスです。

 資格試験に合格した従業員へ、会社が報奨金を支払うことがあります。

 給与規程などに支給根拠があり、会社から従業員へ金銭が支払われる。そう聞くと、社会保険では賞与として届け出るものだと思うかもしれません。

 しかし、会社から支払われる金銭が、すべて報酬や賞与になるわけではありません。

 労働の対償なのか。経常的に支払われるものなのか。それとも福利厚生として一時的に支給されるものなのか。

 今回は、技能資格取得報奨金を賞与として扱った標準賞与額の決定が取り消された社会保険審査会裁決を見ていきます。

1 技能資格取得報奨金を賞与として届け出るのか

【参照:社会保険審査会裁決 令和5年(厚)第775号、令和7年7月31日】

 会社は、厚生年金保険の被保険者であるAさんに、技能資格取得報奨金を支給しました。

 この報奨金は、会社の「技能資格取得報奨金及び奨励金支給規定」に基づいて支払われたものです。

 日本年金機構は会社を調査し、Aさんについて賞与支払届を提出するよう指導しました。

 会社は、その指導に基づいて賞与支払届を提出しました。

 その後、日本年金機構は、この報奨金を含めた標準賞与額を決定しました。

(1) 質問:受験料相当額の資格取得報奨金は賞与になるのか

 従業員が自己啓発として資格試験を受験し、合格した場合に、会社が受験料相当額を一度だけ支給する制度です。

 この技能資格取得報奨金は、厚生年金保険の賞与に当たるのでしょうか。

 また、会社の規程に支給根拠があることだけで、労働の対償として経常的に支払われるものといえるのでしょうか。

(2) 回答 賞与には当たらず、標準賞与額の決定は取り消されました

 社会保険審査会は、報奨金の名称ではなく、支給対象、支給条件、金額の決め方を見ています。

 報奨金の対象は、自己啓発により資格試験を受験し、合格した人に限定されていました。

 支給額は受験料相当額です。資格のランクに応じて、1万円、7,000円又は5,000円とされていました。

 会社が受験を指名した場合は、業務として扱われ、今回の報奨金は支給されません。

 本人が試験勉強に多くの時間を費やしても、不合格であれば支給されません。

 合格した場合でも、受験料相当額の範囲で一度だけ支給される制度でした。

 社会保険審査会は、こうした仕組みから、労働の対価として経常的に支払われるものとは言い難いと判断しました。

 むしろ、福利厚生として一時的に支給されるものに当たるとしています。

 処分側は、会社の規程に報奨金の定めがあることを理由として、報酬等に該当すると主張しました。

 しかし、規程の存在だけでは、報奨金が経常的又は定期的に支払われることを基礎付ける事情として足りないとされました。

 そのため、この報奨金を賞与として行われた標準賞与額の決定は取り消されました。

2 私の考察

 私は、この裁決は極めて妥当だと思います。

 社労士も経験を積むと、規程に定めがあり、会社から従業員へ支払われる金銭であれば、すべて報酬や賞与に当たると顧客に説明したくなることがあります。

 確かに、「標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集」では、給与規程等に基づいて使用者が経常的、定期的に支払うものは、「報酬等」に該当するとされています。

 一方で、事業主が恩恵的に支給するものは、原則として報酬等には該当しません。

 つまり、規程に書かれているという一事だけで、労働の対償性や経常性まで決まるわけではありません。

 今回の報奨金は、毎月支給される資格手当ではありません。

 資格を持って働くことに対する継続的な対価でもありません。

 本人が自己啓発として試験を受け、合格した場合に限り、受験料相当額を一度だけ支給する制度です。

 しかも、会社が受験を指名した場合は業務として扱い、今回の報奨金の対象にはしていませんでした。

 この違いは大きいと思います。

 会社が業務として取得させる資格と、本人が自己啓発として取得する資格を分けている。

 そのうえで、後者について受験料相当額を一度だけ支給しているわけです。

 社会保険審査会は、規程があるという形式だけで判断しませんでした。

 支給の目的、対象者、支給条件、金額の決め方、支給回数まで見たうえで、労働の対価として経常的に支払われるものではないと判断しています。

 規程があるから賞与である。

 このような単純な判断をしなかった点は、さすが審査会の判断だと思います。

 少し感動すら覚えます。

 社会保険では、どうしても形式から判断したくなる場面があります。

 しかし、報酬や賞与の判断で最後に見るべきなのは、その金銭が何に対して支払われたものなのかです。

 今回の裁決は、そこにきちんと立ち返っています。

 ただし、この裁決から、資格取得に関して支給される金銭は、すべて賞与に当たらないと考えることはできません。

 たとえば、資格取得後に毎月資格手当を支給するのであれば、話は違います。

 資格を保有し、その資格を使って働くことに対して継続的に支払われるのであれば、労働の対償としての性格は強くなります。

 また、一時金であっても、受験料との対応がなく、職務上の成果や人事評価などと結び付いて支給されるのであれば、今回とは違う判断になる可能性があります。

 名称でもない。

 規程があるかどうかだけでもない。

 何に対して、どのような条件で支払われた金銭なのか。

 今回の裁決は、報酬や賞与を考えるときの原則を、非常にきれいに示した裁決だと思います。

【参考文献】

社会保険審査会裁決 令和5年(厚)第775号(令和7年7月31日)


 本記事は、確認できた社会保険審査会裁決、通知その他の公的資料に基づきます。

 個別の事案判断は、管轄の年金事務所等への確認が必要となる場合があります。

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