下関の上水蓋 | 東京蓋散歩 ~マンホール巡り~

東京蓋散歩 ~マンホール巡り~

マンホールや消火栓などの蓋、特に地味蓋を中心に観察しながら歩きまわります。タイトルとは裏腹に都外出没頻度も高いです。

下水道はがっかりな下関市でしたが、上水はどうでしょう。こちらはちゃんと市が公式HPで公開している資料にも明治39年給水開始とありますから期待できます。

が...あの素晴らしい下水紋章(参照 )に比べ何ということでしょう。水道蓋には下関固有の紋章がありません。○水マークの汎用品を使っているだけなの???





まったくがっかりです。把手付きの消火栓蓋も



右書き量水器もやや興ざめ。



と思っていたら、こういうのが。

弁の旧字の一つでバルブの意味の瓣のようですが、良く見ると真中が瓜ではなく、山のてっぺんに横棒を付けたような文字になっています。旧字の異体字?



さらに、よ~く探せば、市章入りが一個ありました。右書き量水器。
昔は入っていたのにある時(結構以前)から市章入りをやめちゃったんですかね?

上水だけ..不思議。
そう言えば群馬県高崎市もそうだった。古そうな蓋では紋章入りはほんの少ししか見つからなかったな。下水道は独自の紋章があるのに。


「流量弁」う~ん。流量を調節する弁?



紋章を付けていない代わりに水道局の宣伝用(?)蓋が。



同市の文化遺産になっている水道施設 の写真ですね。
左は高尾浄水場4号円形ろ過池付調節井(明治39年)



実物はこちら。



別の浄水場では沈殿池(?)の掃除をしていました。



その他の水道蓋
紋章さえ下関らしければこんなのも悪くないのに。


右側の鍵穴の横の三角にはどんな意味があるのだろう?