「送水口などなど街歩き」の「などなど」部分です。

ちょっと凝ったアーケードのメインゲート

恐竜もいます。翼竜か。


「とうふ」の下の字、変体仮名かと思っていたのですが処の旧字「處」の草書のようです。

これも草書かな。佐々奈美。読めませんね。

日本ピクトさん学会の会長で都市鑑賞の達人、内海慶一氏の案内で街歩きの第二部へ。案内していただかなければ絶対に見つからないようなビル内の物件。メールシュート。

おまけに、過去に見たメールシュートを載せておきます。東京の3件。


大手町ビル


日比谷市政会館の金ピカ


国会議事堂。ほぼ国産品で建設したそうですが当時十分な技術のなかった錠前とこのメールシュートだけは輸入品だったそうです。

CUTLER MAILING SYSTEM
CULTER MAIL CHUTE CO.
ROCHESTER, N.Y, U.S.A.
同じメーカー製のメールシュートがシカゴにありました。

25 East Washington エレベータも含め豪華に金色ですね。1914年に建築されたビルだそうです。国会議事堂の着工(大正9年 1920年)よりも古いです。
さて、岡山に戻ります。バスセンターに面した天満屋ビルわきの謎のスロープ。送水口ナイトの前に市内を散策したときに見かけた鉄管スロープの写真を撮っていなかったことが悔やまれます。アレこそ岡山名物だったようでした。

秘密のカギ見つけた。あちら側への入り口を探さないと。

なんとも下手な写真ですがレトロ照明?

罰金!罰金!罰金!

給水タンク

上も下も見ます。回すやつ。

レトロタイル


ちょっと低めの街路灯

みうらじゅんさんがTBSラジオの日曜天国でsinceと書かれた看板観察について話されていて、特に古い年代なのに和暦の年号で創業何年ではなくsinceと書かれているものを見つける「最古Since」という遊びを紹介されていました。これは結構古めかな?since1902

唐突に煉瓦塀

会員制食堂 妖しい響きですね。あのカギはここへ入るためのもの?

なんかおった

大手まんじゅう。看板建築的でしょうか?


路面電車の架線柱


古レール製だと教えていただきました。刻印はPHOENIX R 1910ですかね。

京橋に来ました。このあたりは以前来たことがあるのですが当時は気づいていなかった物件をたくさん紹介していただけました。
岡山縣里程元標 岡山市橋本町 藤井へ貮里壹町五拾八間壹尺 とあります。他の面を確認するのを忘れました。 岡山市橋本町は現在は岡山市北区京橋町になっています。藤井というのは西国街道沿いの岡山市東区の地名のようです。ずいぶん細かい桁まであらわされていますが地図で見ると素戔嗚神社があったのでそのあたりなのでしょうか?あるいは当時の村の道路元標があったのかもしれません。

岡山市の道路元標。これは以前に確認していました。

京橋(きやうはし)の親柱。安っぽい鉄柱が上に載っていますがもともとはもっと立派なものだったのかもしれません。戦中の金属供出で失われたか空襲で破壊されたのか?と思って調べたらやはり立派なものだったようです。こちらのページの最後のほうに写真があります(小西技手の写真帖(16ページの写真))。


水管橋も立派




これもいいものを見せていただきました。
明治二十五年に岡山市役所が設置した「迷子志る遍」。左面に「たつぬる方(尋ねる方)」、右面に「志らする方(知らせる方)」とあります。四角いくぼみに張り紙でもするのでしょうかね。Lost and FoundのSNSですね。東京にも似たような石柱があったような気がしますが写真が見つかりませんでした。



大正13年(1924年)に建てられた火の見櫓

京橋の下側も見物。


堤防にあった何かの穴をふさいだような謎石。

平成の改修時に発見された延宝九年(1681年)と刻まれているという橋脚


続きます。