蓋散歩 ~路上徘徊&マンホール巡り~ (旧 東京蓋散歩)

蓋散歩 ~路上徘徊&マンホール巡り~ (旧 東京蓋散歩)

マンホールや消火栓などの蓋、特に地味蓋を中心に観察しながら歩きまわります。蓋以外の路上観察ネタも多いです。
他に歩き遍路や街道歩きなどの歩き旅もの、旧字・異体字など雑多です。

瑞芳からバスで九份へ

カラフルで立派なお寺の屋根が見えます

人気の観光地だけあってお土産物屋さんが連なる狭い路地は満員です。

アジア感がありますね。

元々金山で栄えた土地らしくお寺の名前も金山岩 

良い眺めです

観光客の大群を避けて少し町はずれに出ると昔の軽便鉄道の跡が道路として残っているらしいことが分かったので歩いてみることにしました。民家の二階に車輪が見えますが軽便(トロッコ)の車輪だったりするのでしょうか?レプリカにしては古びています。

軽便路というのが廃線跡なのでしょう。

もじゃハウス

臺北縣GPS

謎のオブジェ✋

いいトンネル

扁額が外れているのが残念ですが軽便鉄道の隧道なのでしょうね。

手掘りのようです。凄!しか声が出ません。

反対側の入り口。ここで引き返すことにしました。

足元に落ちていた煉瓦はJLSとの刻印。メーカーも製造時期も不明です。

さて町の中心に戻りましょう。

木製電柱。台電マークのある青いプレートの上の柱種標からは詳しい情報は読み取れませんでした。

擬木ならぬ擬竹の手すり付き階段

金山の坑道跡 こちらは入れません。

 

瑞芳區福住社區

金鉱採掘作業のレリーフ

昔の映画館

氷の旗の両端に白桃シトロン マルコシシトロンと書かれています。

昭和9年に建てられたようですね。

有名なお茶屋さんで休憩です。

こんな風に金塊が取れたらすごいですね。とても運べないでしょう。

例のアニメに出てくる湯屋のようだとして人気のスポット。ここがモデルになったというのはデマらしいですが。

そんななか、足元のレンガを見ながら少し早めに撤収しました。この煉瓦は剥皮寮歴史街区でも見た英国サミュエル商会のS刻印

 

今回の台湾旅行の予習として台湾ノスタルジア 百年老街めぐり という本を読んでみました。台湾の古い街並み(老街)を紹介した本です。台北市内で訪れた迪化街もその中で紹介されていた街です。

 

台北からは電車で到着。

瑞芳駅付近にあった瑞芳神社(昭和11年創建)にあった石灯籠が修復され設置されていました。

細い路地にオレンジの提灯 瑞芳老街と書かれています。

商店街もレトロな雰囲気

大正モダンな建物

石垣が組まれています

階段を上ってみましたが建物とかは残っていなさそうでした。

煉瓦と木材を併用した家屋

<T.R>台湾煉瓦の刻印

レンガ壁とセメントの透かしブロックの組み合わせ

木々に飲み込まれつつある煉瓦廃墟

瑞芳鎮公物 「瑞芳鎮」は旧地名で現在は「瑞芳區」なのだそうです。

いい橋。

瑞峰橋 後で調べたら隣の橋の名前が瑞芳橋でした。

ノスタルジックな壁画

いい電線

市場かな?

でっかい消火栓オブジェが壁に張り付いている消防署

このブログでは珍しいですがちょっとグルメ紹介

以前から気になっていた「下水湯」。そもそもマンホールのブログですから挑戦しないわけにはいきません。

ショウガの利いた薄味のホルモンスープ。旨いです。

牡蛎おこ風のオムレツ

タロイモ団子もおいしそう

胡椒餅は窯が故障中で買えませんでした。コショウだけに。

 

防空壕への案内看板 緊張感がありますね。

 

瑞芳区は四国の金比羅町と姉妹都市提携があるようです。

 

電車で別の町へ行くつもりだったのですが水害で不通になっているとのことで予定よりも早いのですが駅前からバスで九份へ向かうことにしました。

今回の台湾旅行で外せなかったものがあります。
 
送水口界のレジェンドAyaさんのブログ「送水口倶楽部」で紹介されていた台湾銀行本店のこれ。
STANDPIPE表記の送水口
CECロゴとKENSETSUKOGYOSHAの陽刻も
10年ぐらい前に台北に行った時もここにきて写真まで撮っていたのに送水口には気付いていませんでした。残っていてうれしい。でも「送水口倶楽部」の記事にあるもう一基は見つけられませんでした。
こちらは台湾銀行文物館(旧 帝國生命保險會社台北支店 昭和12年築)の三機工業製の単口SIAMESE CONNECTION
こちらは約10年前に出会えていました。
では、順不同で。
 
撒水送水口 連結送水管送水口 銀色バージョン
消防送水口 金色バージョン
連結送水管送水口
毛虫風 消防送水口
マルチリンガル
奥にももう一基と思ったら袖でした。
渋い
自立型
 

小さな送水口

トーチカ型
ここでもカモフラージュ
「なにか?」
ベンチ型
 
 
最後に送水口の仲間たち
 
消防出水口
消防採水口
消火栓

 

路上観察を続けます

台北市内に三角点があるという低山があったので行ってみました。

 

仙跡岩(別名 景美山)

仙跡岩の由来となった仙人でしょうか? 呂洞賓というようです。

こちらは女性の仙人

さあ登りましょう。

日本の狛犬の阿吽のように口を開いたのと閉じているのとの二体の獅子。

 

 

蛇!中国語で「小心!」という警告をよく見ますが「注意」も使われるのですね。

和風な石灯籠

寄進者の住所でしょうか? 「苗栗縣苑裡鎮大埔」とあります。Google AIによると苑裡鎮は戦後の地名なのだそうです。日本統治時代は苑裡街と呼ばれていたそうです。ということでこの石灯籠は戦後に建立されたものということになりますね。

 

台北101が見えます。

仙跡岩廟福徳祠

さらに登ったところに三角点がありました。道から外れたところにあるのでこれ以上は近づけませんでしたが朱が入れてあるので「二等三𧢲點」とはっきり読めます。

これは日本統治時代に設置されたもののようで、日本国内の古い三角点と同じように「角」が「𧢲」に、「點」も烈火が里の下ではなく里占の下にある異体字になっています。

仙人の足跡があるという岩がこれだと思うのですがどこに伝説の足跡があるのかな?

福徳祠を見下ろしています

何かあります。

「結核」といっても病気のことではなく地質学用語のコンクリーションのことでしょうね。ブラタモリか何かで知りましたが実物を見たのは初めてかな?

どう見ても顔。誰かのいたずらでしょうね。

たまには花も

降りてきました。ここではちょっとアメリカ漫画っぽいキャラが。

「與警局電腦連線」に「緊急求救鈕」緊張しますが、すぐに街に出ました。

旧松山煙草工場へも行ってきました。

 

臺灣總督府專賣局の看板が残っていました。

1939年に操業を開始し戦後の1998年まで煙草の製造を続けていたのだそうです。

 

レトロな内部がきれいに保たれています。

日本風な錠。メーカーは検索しても不明でした。

 

古董級消防管線 乾燥した可燃物を扱う工場だけに屋内消火栓が整備されていたのでしょうね。

放水口は各階の廊下にいくつかありました。

配管にはこの工場の建設が始まった1937年すなわち昭和十二年の刻印が。

天井をガラス張りにして屋根裏が見えるようにしてありました。

こちらは現役の消火用配管

敷地内には複数の建物がありました。

残念ながら送水口は見つかりませんでした。消防管にはおそらく水道から直接、もしくは防火水槽経由で水を送るようになっていたのでしょう。

煉瓦造りのようです。

木造の建物も。

現在は松山文創園区として活用されています。

防火用水のための水道の骨董蓋も探してみましたがそれらしきものは見つかりませんでした。

こちらは現在の下水の蓋。「防臭汚水蓋」

 

台北シリーズはまだまだ続きます。