蓋散歩 ~路上徘徊&マンホール巡り~ (旧 東京蓋散歩)

蓋散歩 ~路上徘徊&マンホール巡り~ (旧 東京蓋散歩)

マンホールや消火栓などの蓋、特に地味蓋を中心に観察しながら歩きまわります。蓋以外の路上観察ネタも多いです。
他に歩き遍路や街道歩きなどの歩き旅もの、旧字・異体字など雑多です。

岡山訪問記録の蛇足の上塗り回です。送水口ナイトが始まるまでの時間、主に総合グラウンドの東側を南に行ったり北に行ったりとうろうろしました。

 

おばあさんが川で洗濯をするような水路の雁木

色付きのお地蔵さん

 

 

雁木からの階段つながりで螺旋階段

水準点の頭のような謎の膨らみ。

新橋

下流側の親柱はなぜかずれていました。神社の門代わりに再利用されたのでしょうか?

石造りの水門の枠のようなものがありました。

「さあどうぞここはごくらくやすみいし」 座ったらそのまま安らかに眠れそうです。

型板ガラス 「いしがき」だったかな?

樋門前 駐車禁止

当然、盗みも禁止です。「花泥棒さん!恥ずかしくないの?お店で買いなさい!」

暗渠っぽい細道。吸い込まれました。

道標っぽいのですが読めません

こういうのも地方色が出ますね。「出合頭」

柱種標の高さも地域差があるような。「CCポール 1971」

梯子付き樋門

明るい明日はみんなの健康 レオピンファイブ

格子窓やなまこ壁が凝っていますね。

微妙で分かりにくいですがゆるく丸く湾曲したむくり屋根

夕暮れの火の見櫓

赤い壁に鏝絵の天女

 

ガスボンベ用?の秤を見てお散歩終了。

送水口ナイトの会場へ向かいました。

送水口ナイトの前後に市内で出会った蓋たち。

 

まずは骨董蓋から。

10年以上前に出会った蓋ですが記事にしていなかったかもしれません。無事を確認できました。

右書きで「岡山市水道排氣辨」

既述の「送水口などなど街歩き」の第2部でご紹介いただいた蓋。水道が左書きで制水弁が右書きになった不思議な蓋。中央部に水道紋章が無いので私設の蓋かもしれません。弁の字が萌え点付きですね。ムの点が落ち切った堕点使型(萌え点分類)。

これも商店街にあった私設の撒水栓

 

実はこのほかには過去記事に挙げたこれぞというような骨董水道蓋は残念ながら見当たらなかったのですがこんな蓋がありました。小型の水道やガスの蓋ではよくありますが、いわゆるマンホールサイズの蓋で蝶番の付いたものは古いという印象です。

立派な縁石付きの蓋もあったのでやはりそれなりに古いものなのでしょう。

縁石付きと言えば取っ手付きの蓋もありました。これも比較的初期のものでしょう。

あと、鉄枠がない汚水桝か何かのこの小蓋もそれなりに古いかもしれません。

これも10数年前に確認していた蓋。岡山市排気弁 萌え点は萌え尻尾型

このブログの本来の姿とは言え地味蓋ばかり続いたので桃太郎の蓋を連ねます。

 

桃太郎の成長アルバムとなっています。

 

3歳

10歳 まだ何もしていませんが志は日本一

12歳 この頃まで自分が生まれ出た桃を保管していたようです。

15歳 お腰につけたのはキビ団子ではなく「水」と書かれた水筒

18歳

 

そして家来を連れて鬼退治へ。おすい重、おすい軽、おすい歩の3点セット

現地で初めて知ったのですが新シリーズもありました。黄色い服を着ているのが桃太郎なのでしょうか?他は誰?

犬、猿、雉はどこへ?

消防署から水道局へ転職したようですね。

 

デザイン蓋の〆は桃

 

さて、岡山には他の地方ではあまり見かけないような蓋があります。

大事なことは3度では足りません。水水水水水水

三角の部分が出っ張っているので躓く人がいないか心配な蓋。県内の他の自治体でも見たような気がします。

 

岡山に限りませんが中国地方の電力、通信系によくみられる「オシアゲ⤵」蓋。確か中国電力系の企業が特許を持っている蓋だったと思います。

二の字地紋バージョン

角蓋は「オシアゲ」式ではないようです。

地上変圧器の前にあったので電力関係かと思いますが見慣れない紋章です。

 

その他の蓋たち。

 

よさげな量水器2種

岡の字の中に水を入れたと思われる水道紋章

駐禁マーク入り消火栓

時々見る地紋ですが公式というか市章入りはもしかするとあまりないかもしれません。

ちょっと珍しい地紋?

ふたたびおすい重、おすい軽と汚水専用

 

私設電気蓋

バタフライ弁

 

ずいぶんぐにゃぐにゃに整形してあるなと思ったらプラスチック製でした。

これは暗渠の蓋でしょう。

 

今回の岡山シリーズは次でおしまいです。

順番が前後しますが送水口ナイトの日、福山駅付近に宿泊しました。翌朝、岡山送水口ナイト併催送水口などなど街歩きに向かうまでの1時間ほど散策しました。

西日本を中心に骨董蓋を「鉄蓋の殿堂」として紹介されているお散歩photo Albumさんのページに福山市のコレクションがあって、その中に右書きの消火栓の蓋が福山城内にあったとされていました。2009年に撮影されていましたがまだ残っていないかとお城に行ってみました。

 

朝日を受けて輝く天守閣

①刻印のある石がたくさん使われた石垣。

大聖堂?と思ったら結婚式場だそうです。

30分ほどうろうろしましたが例の消火栓蓋は見つかりませんでした。その代わりに確認できたのがこれ。渋谷町や秩父にあった蓋と同じデザインの水道小蓋です。渋谷町も秩父町も大正後期に給水を開始していますが福山市の水道も大正14年(1925年)完成だそうです。このころの標準的なデザインだったのでしょうね。ちなみに明治45年に給水を開始した塩竈市にもこのデザインの蓋がありました

駅近くにももう一枚この蓋らしきものがありました。機会があればゆっくり市内を探索してもう少し状態の良い蓋を見つけてみたいものです。

 

他に見た蓋をいくつか。鎧を着ているのはカープ坊やですよね?

市章のコウモリマークがSの字を抱いた下水道蓋とシンボルマーク付きの水道S仕切弁。

いずれもSがついていますが下水道のほうはSewerのSだと思いますが仕切弁についているSは仕様書にあるから以外の答えがよくわかりません。スルース弁とかソフトシール弁とかと書かれた蓋が他所にはありますがそのあたりなのかどうか?

 

ヒャッハーと楽しそうな消防士さん

 

この蓋はシンボルマークと同じようにバラのイメージ?

ビューティフルふくやま

 

福山市検針口

昭和32年製丸形ポスト

前日の送水口ナイトで基礎から教えてもらったアーケード送水口がお城と反対側の駅前商店街にありました。

放水口もよく見えました。

 

では、岡山へ。

「送水口などなど街歩き」の「などなど」部分の続きです。

 

まだ川沿いです。

 

水位観測所

水位観測所と言えば以前、甲州街道を歩いたときにこんな素敵な物件に出会っていました。橋の欄干が建設省のマーク。(甲州街道散歩 甲斐大和~石和 その2より)

 

閘門橋

肝心のゲートをとっていなかったのでこっちの写真で代用。ナンキンハゼかな?

「旭川 8K1 国土交通省岡山河川事務所」8/10 基準点?

こちらの水位観測所も現役なのでしょうか?煉瓦造りで立派です。

旭川を流れる桃

中国配電プレート(初見)と日本放送協會関西支部のラヂオ聽取章。過去のまとめ記事(全国電力蓋総覧 (ができたらいいな))が更新できました。

写真館

丸の内コーポ

刻印付き石垣石

?門一名澁蔵? (追記:「石山門 一名 渋蔵門」と書かれていたのだと教えていただきました。かつてここにあった門が空襲で失われたのだそうです。 かつての門の写真が載っている記事がありました。sogensyookuのブログ 岡山城 その4

外からしか見たことのなかった禁酒会館へ

下駄箱

味わい深い手すり

集會場

食事を上げ下げする装置。何て名前だっけなと思ったら書いてありました。ダムウェーター。

おりるのが怖かった急階段

ナイス門扉

ガイドをしてくださった内海慶一さんは型板ガラスの第一人者でもあります。今回は詳しくお伺いできなかったのでブログ記事(型板ガラス一覧)でガラスの名前を探してみました。同定違いがあればごめんなさい。

「かすり」

「なると」

禁煙会館の裏側

 

この歩道やビルの壁面の微妙なカーブ。教えていただかなければ気づかないしましてやその理由もさっぱりですが、今回は詳しく教えていただきました。なんとこの交差点はロータリー式になる予定だったのだそうです。(参考記事:「柳川ロータリー」の謎

継ぎ足し木製電柱

はしの親柱。暗渠界隈で「暗橋」と呼ばれているやつでしょう。

いいビル (語彙

最後に訪れたのがここ。「岡ビル」

いわゆる下駄ばき住宅ってやつですね。素敵。

 

「送水口などなど街歩き」の「などなど」部分です。

ちょっと凝ったアーケードのメインゲート

恐竜もいます。翼竜か。

「とうふ」の下の字、変体仮名かと思っていたのですが処の旧字「處」の草書のようです。

これも草書かな。佐々奈美。読めませんね。

日本ピクトさん学会の会長で都市鑑賞の達人、内海慶一氏の案内で街歩きの第二部へ。案内していただかなければ絶対に見つからないようなビル内の物件。メールシュート。

おまけに、過去に見たメールシュートを載せておきます。東京の3件。

大手町ビル

 

日比谷市政会館の金ピカ

 

国会議事堂。ほぼ国産品で建設したそうですが当時十分な技術のなかった錠前とこのメールシュートだけは輸入品だったそうです。

CUTLER MAILING SYSTEM

CULTER MAIL CHUTE CO.

ROCHESTER, N.Y, U.S.A.

 

同じメーカー製のメールシュートがシカゴにありました。

25 East Washington エレベータも含め豪華に金色ですね。1914年に建築されたビルだそうです。国会議事堂の着工(大正9年 1920年)よりも古いです。

 

 

さて、岡山に戻ります。バスセンターに面した天満屋ビルわきの謎のスロープ。送水口ナイトの前に市内を散策したときに見かけた鉄管スロープの写真を撮っていなかったことが悔やまれます。アレこそ岡山名物だったようでした。

秘密のカギ見つけた。あちら側への入り口を探さないと。

なんとも下手な写真ですがレトロ照明?

罰金!罰金!罰金!

給水タンク

上も下も見ます。回すやつ。

レトロタイル

ちょっと低めの街路灯

みうらじゅんさんがTBSラジオの日曜天国でsinceと書かれた看板観察について話されていて、特に古い年代なのに和暦の年号で創業何年ではなくsinceと書かれているものを見つける「最古Since」という遊びを紹介されていました。これは結構古めかな?since1902 

唐突に煉瓦塀

会員制食堂 妖しい響きですね。あのカギはここへ入るためのもの?

なんかおった

大手まんじゅう。看板建築的でしょうか?

路面電車の架線柱

古レール製だと教えていただきました。刻印はPHOENIX R 1910ですかね。

京橋に来ました。このあたりは以前来たことがあるのですが当時は気づいていなかった物件をたくさん紹介していただけました。

岡山縣里程元標 岡山市橋本町 藤井へ貮里壹町五拾八間壹尺 とあります。他の面を確認するのを忘れました。 岡山市橋本町は現在は岡山市北区京橋町になっています。藤井というのは西国街道沿いの岡山市東区の地名のようです。ずいぶん細かい桁まであらわされていますが地図で見ると素戔嗚神社があったのでそのあたりなのでしょうか?あるいは当時の村の道路元標があったのかもしれません。

岡山市の道路元標。これは以前に確認していました。

京橋(きやうはし)の親柱。安っぽい鉄柱が上に載っていますがもともとはもっと立派なものだったのかもしれません。戦中の金属供出で失われたか空襲で破壊されたのか?と思って調べたらやはり立派なものだったようです。こちらのページの最後のほうに写真があります(小西技手の写真帖(16ページの写真))。

水管橋も立派

これもいいものを見せていただきました。

明治二十五年に岡山市役所が設置した「迷子」。左面に「たつぬる方(尋ねる方)」、右面に「らする方(知らせる方)」とあります。四角いくぼみに張り紙でもするのでしょうかね。Lost and FoundのSNSですね。東京にも似たような石柱があったような気がしますが写真が見つかりませんでした。

大正13年(1924年)に建てられた火の見櫓

京橋の下側も見物。

堤防にあった何かの穴をふさいだような謎石。

平成の改修時に発見された延宝九年(1681年)と刻まれているという橋脚

 

続きます。