東武8000系 8562F編成 | 東京のアライグマのブログ

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今まで撮影した写真を紹介しつつコメントを入れています

1963年11月1日に運用開始以来、1983年までに712両が製造され長年活躍してきた東武8000系。

最近は廃車が進み、2023年11月7日に1969年製の8150F編成が廃車回送後は現役最古参の編成は1970年に製造された2両編成の8561Fは8562Fの2編成でした。

投稿日の1ヶ月前、2024年1月11日に8561F編成が廃車になったため、現役の最古参の編成は8562F編成1本になりました。

(東武博物館所属の動態保存編成8111F(1963年製+1972年製(中間2両))と事業用の8506F(1965年製)は除きます。)

2024年2月時点で現役最古参の8562F編成も撮影していましたので紹介します。

 

2022年10月15日、館林駅にて撮影した8562F編成。

東武小泉線で運用中の姿でクモハ8562側から撮影。

8562F編成は先に紹介した8561F編成(その1その2)と共に1970年11月27日に落成、川越電車区に所属されその後の冷房改造工事も1984年1月に前後して実施と、ほぼ同じような車歴で東武東上線で活躍していました。

 

角度を変えて撮影。

30年以上活躍した東武東上線から離れ、2001年11月28日付で8561Fと共に春日部検修区に転属。

長年活躍した東武東上線から離れたのも2編成同日でした。

現在も8111Fで見られる原形スタイルから上記写真の様なスタイルに変更になった修繕工事竣工も8561Fが2002年2月14日に対し、8562Fは2002年4月25日とわずか2ヶ月違いでした。

 

クモハ8561側から再び角度を変えて撮影。

背後には別のホームに停車していた東武佐野線の運用に就いている8574F(1982年製)による葛生行きが出発したタイミングだったので8000系2両編成がちょうど1枚に写っていました。

 

先に出発した東武佐野線の8574Fと共にもう1枚撮影。

8574Fはクモハ8574の正面のみがチラリと写るのみですが、館林地区で8000系が行き交う日常の光景という感じです。

館林地区もその後、10000系列が導入されているので8000系が行き交う光景が過去の物になるのも時間の問題になりそうです。

 

8574Fが葛生に向けて走り去った後、角度を変えて撮影。

この日も翌2023年に8561Fを撮影時と同じく栃木県足利市 中橋緑地北多目的広場で開催されたクラシックカーヘリテイジカーミーティングの帰り道に館林駅に立ち寄った際に撮影でしたので2年連続で1970年製の50年以上活躍している8561Fと8562Fを撮影できました。

 

最後に角度を変えて撮影した8562F編成を。

長年一緒に活躍してきた8561F編成が2024年1月に亡き後、現役最古参編成になった8562F編成。

8150F編成が引退後、8561F編成と共にもう少し注目を集めてもいいはずですが…、やはり東武博物館所属の動態保存編成だったはずの8111Fが2023年11月から東武野田線で通常運用に復帰したのが私も含め東武8000系の撮影者にとって影が薄くなっているのでしょうね…。

東武野田線には8000系による急行及び区間急行運用もあり、8111F編成も普通に急行等の運用についている他、8150F編成が亡き後も8159Fと8163Fの2本が方向幕が幕車、ヘッドライトはハロゲン灯で角目仕様の中期修繕車で残る等のに対し館林地区の8000系は8両→3両編成に改造した800型・850型も含め全て普通列車のみで前面も方向幕がLED、ヘッドライトはHID灯で丸目仕様の後期修繕車。

さらに東武亀戸線・大師線の8000系は館林地区の8000系と同様に後期修繕車ですがそのうち3本が昭和30年代に実施された試験塗装で見た目の違いも楽しめるとなると…館林地区の8000系はやはり影が薄くなってしまうのは仕方ないことなのかな…。

 

※2024年2月25日追記

 2024年2月19日、8562F編成は8565F編成と共に廃車回送されました。

 廃車回送時は先に廃車された8561F編成とは異なり、8150F編成の様に団体臨時列車として運用されました。