覇者の啓蟄~鎌倉幕府草創前夜~ 129/272 | いささめ

いささめ

歴史小説&解説マンガ

 京都で起こっていたのは、位階は持っていても役職は持っていない、すなわち公的には権力を持たないはずの源頼朝に対する忖度であった。源頼朝に率先して従うことが自分の生き残る方法であり、少しでも源頼朝に逆らうこと、具体的には平家の残党や源義経に対する協力的姿勢を見せることを慎むようになったのだ。

 その一つのピークとなったのが文治二(一一八六)年一一月一八日のことである。公卿らが集まって会議を開催し、源義経の捜査の強化を議決すると同時に、追討がスムーズにいくようにと寺社への奉幣をすることが決議されたのだ。この会議に参加した貴族は源頼朝に逆らう貴族ではないという公的なアピールとなり、源頼朝の監視から逃れることができるという安堵も獲得したのである。あくまでも一時的な安堵であり恒久的な安堵とはならないが、平家政権以後は恐怖を伴う監視をする権力が通例となっている中、貴族達のあいだでは権力者に逆らわないことがもっとも簡単で有効的な延命策であるというコンセンサスが成立していたのである。

 貴族達の間には源頼朝に逆らわないことが延命策であるというコンセンサスが成立していたが、このコンセンサスに乗ることのできない人物が二人いる。もっとも、貴族達とは記したが、そのうちの一人は貴族ではない。

 コンセンサスに乗ることのできない人物の一人は、後白河法皇である。保元の乱からのらりくらりと政界を渡り歩き、平家政権下でも、木曾義仲の占領下でも、最悪期こそ幽閉の身となりながらも最終的には権力者の地位に舞い戻っていた後白河法皇であるが、このときはさすがに第一線から離脱していた。平家物語の記載によれば、大原の建礼門院のもとに足を運ぶなど権力を喪失したことを受け入れたはずの後白河法皇であるが、それでも隙あらば源頼朝に対抗することを画策し続け、上手くいけば北条時政を自派に招き入れることもできるのではないか、それにより鎌倉方の勢力を弱めると同時に自派の勢力の再興隆が果たせるのではないかと考えていた。しかし、鎌倉にいるはずの源頼朝の視線が京都に届いていることを受け入れた後白河法皇は、ここで再び沈黙へと戻ることとなったのである。文治二(一一八六)年の一一月以降の後白河法皇については、どこに行幸したかの記録ならばあっても政治的なリーダーシップを発揮した記録は見当たらない。

 そして、コンセンサスを受け入れることのできないもう一人の貴族、それが他ならぬ源頼朝である。京都の貴族達は、源頼朝は恐怖によって権力体制を構築していると感じていた。もし源頼朝が平凡な独裁者であれば自らの得ている恐怖心を権力構築と拡充に利用したであろう。だが、源頼朝は超一流の政治家である。超一流の政治家は、仮に恐れられたとしても恐怖心をむやみに利用したりはしない。恐怖を利用するのは自らの支持率を高め政権の安定に寄与するときだけである。

 源頼朝は自らが獲得していた権利の放棄を京都に伝えたのだ。その権利こそ、荘園に人員を配置することと荘園から年貢を徴収することである。例外は平家や源義経の保有していた所領だけであり、その他の土地に対する地頭の介入を禁じるとしたのだ。これは荘園を抱えている貴族達にとって何よりの僥倖だ。自らの権利が侵害され収入源も絶たれたと実感していたところで、権利の侵害も収入の断絶も無くなったのだ。これで喜ばない貴族がいたとしたらそのほうがおかしい。

 ただし、少し考えると権利の放棄については二点の裏が見えてくる。一点目は、源頼朝が権利を放棄したのは、自らに来襲する訴訟の増大を食い止めるためである。鎌倉の御家人達が所領に関連すればするほど、源頼朝に集中する訴訟が増えていく。訴訟を減らすには御家人達が関連する所領の絶対数を減らすことだ。源義経はそれまでの源平合戦において、功績に対する見返りとして御家人達に所領を与えたが、与える対象はあくまでも平家の所領や源義経らの所領であった土地に限るとしたことで所領の絶対数を減らし、訴訟数を減らすことに成功したのだ。御家人達には不平不満もあったろうが、罪なき貴族の荘園を奪うわけにはいかないという正論と、源頼朝に反発したらどうなるかという現実とが、御家人達の不平不満を鎮静化させたのだ。

 さらに考えねばならないのが二点目である。源頼朝が権利の放棄を決定したのが文治二(一一八六)年一〇月八日である。一方、吾妻鏡によると権利の放棄の記録は文治二(一一八六)年一一月二四日に記されている。吾妻鏡には一〇月八日に発令された太政官符が鎌倉に届き、源頼朝の決断が一一月二四日に下されたとなっている。しかし、時系列的にはおかしい。そもそも源頼朝にしては時間が掛かりすぎている。だが、こう考えれば辻褄が合う。源頼朝はもっとも効果的なタイミングで京都に権利の放棄を伝えたのだ、と。恐怖心を和らげて自らへの支持を増やす時に効果を発揮するのは、事前に予想されていることに応えるのではなく、相手が喜ぶであろう全く予期していなかったことをいきなり発表することなのだから。

 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村