🌸南・東南アジア集団の多様性2
⛳言語とゲノム
☆東南アジアから北東アジアにかけて
*現代人集団のゲノムデータから
*アジアの集団の遺伝的な分化は基本的に
*言語集団に対応していることが示された
*婚姻は基本的には同じ言語グループの中で行われている
☆アジアのおもな言語グループの分布
*東南アジア集団のほうが東アジアの集団よりも
*遺云的な多様生が大きい
☆東アジア集団の持つ遺伝的変異
*90%以上が東南アジアか南アジアにもあり
*遺伝的な多様性は
*東南アジアから東アジアに向けて減少していく
☆初期の拡散で現段階でわかっているのは
*最初は南アジアの古代狩猟採集民が
*東南アジアやオーストラリアにまで展開して
*その中でデニソワ人との混血が行われたということだけ
☆東南アジアの集団の成立を考えるときは
*ベトナムやタイ、ミャンマーなどが属する半島部
*フィリピンやインドネシアを中心とした島嶼部に
*分けて考える必要がある
☆両者はホモ・サピエンスが最初に拡散した氷河期
*スングランドと呼ばれるひとつの大きな陸塊だった
*最初は基本的に似た遺伝的構成をした集団が住んでいた
*海水面の上昇により現在の地形が形成されるようになった
*1万年前以降は、それぞれに別の道を歩む
⛳マンバック遺跡の発掘調査
☆ベトナム北部、3000~4000年前
*狩猟採集社会から農耕社会に移行した
*日本で縄文時代から弥生時代に移行する時期と重なる
*日本では、縄文人と姿形の違う渡来系弥生人が列島に進出
☆日本に農耕をもたらした渡来人の起源がどこか
*ベトナムに農耕をもたらした集団を調査した
*残念ながらマンバック遺跡の人びとは
*日本の渡来系弥生人とは似ていない別の集団だった
☆マンバックの人びとは
*東南アジアからインド東部バングラデシュに散在する
*オーストロアジア語族集団に似た遺伝的な特徴を有しており
*移住してきた中国南部の初期農耕民と
*在来のユーラシア東部の狩猟採集民との
*混合であることがわかる
*初期農耕民は、オーストロアジア語族集団の祖先集団である
☆東南アジア半島部の遺伝的にも言語学的にも高い多様性は
*在来の狩猟採集民集団の世界に
*北方からの複数回の農耕民の進出があって完成した
⛳北方から南下してきた農耕民が中国南部に到達し
☆広西チワン族自治区の狩猟採集民は
*現代にゲノムを伝えることなく、消滅した
☆東南アジアのスラウェシ島にいた狩猟採集民のゲノム
*現在には伝わっていない
☆ヨーロッパと同様に
*農耕以前の時代に存在した地域の狩猟採集民集団
*多くは歴史の闇の中に消えてしまった
(敬称略)
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⛳出典、『人類の起源』記事、画像引用
『南・東南アジア』『言語グループ』『マンバック遺跡』
(『人類の起源』記事、ネットより画像引用)





























