春日本郷館跡(長野県佐久市春日)
2016/1/10(日) 午後 7:01
書庫長野県の城館跡
【春日本郷館跡】 評価
別 名: ―――
所 在 地: 佐久市春日字本郷
築城年代:
築 城 者: 春日形部少輔貞親
区 分: 館
現 状: 康国寺
滋野氏三家の一つである祢津氏系春日氏初代・春日形部少輔貞親が春日城を築き、その居館として構えたとされる。以後、代々春日氏の居館として機能した。
天文年間(1532~1555)、甲斐・武田氏の佐久地方侵攻によって、佐久地域の領主に変動が生じた。大井城の大井氏らと同様に春日氏も家運が減退
http://i.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_a732.gif
春日氏に替わって春日城主となった芦田(依田)信守・信蕃父子も居館として引き続き使用しています。
元亀元年(1570)、芦田(依田)信蕃の子である康国が、天正元年(1573)、康真がこの地で生まれたとされる。
天正18年(1590)、芦田(依田)康国が上州・石倉城で没すると、後継者である弟の右衛門大夫康真はこの地に康国寺を建立し、康国の菩提を弔ったとされる。
『長野県町村誌』の「春日穴小屋城跡」の項には、「…居館は今金城山康国寺の境内なり。方二町、三方塁二重あり、濠を廻らして、堀端小路の称あり。文政中近地より唐宋銭百余貫を掘出す。…」とあり、『承久記』・『大塔物語』・『諏訪護符札之古書』等に見える春日氏、および芦田(依田)氏の居館地と記しています。
現在、康国寺周辺には二重土塁跡や濠跡といった遺構は見られませんでした。
〔参考資料〕
信濃の山城と館 1 佐久編 宮坂武男 戎光祥出版