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小泉進次郎の発言に思う

目立った発言や行動などで、やたらと人気者となっている小泉進次郎議員。今回の総裁選でも、馬鹿みたいにどちらに投票するかが注目されていた。投票当日に石破を選択したと表明した様だが。

2012年の総裁選でも石破茂を選択していた筈。選択した意思は今回と同じだったのだろうか。石破を選択した理由に関し、次ぎの様に語っているらしい。

 

小泉氏「違う声を強みに変えて」…石破氏に投票
「自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長は党総裁選で石破茂・元幹事長に投票した。小泉氏は投票後、その理由について「日本の発展には、人と同じではなく、人との違いを強みに変えられるかが大事だ。自民党も、違う意見を抑えつけるのではなく、違う声を強みに変えていかなければいけない(と思ったからだ)」」と。(読売新聞2018/09/20)

小泉進次郎は、日本の発展には人との違いを強みに変えるが大事。自民も、違う意見を抑え付けず、強みに変えなければならないとしている。ならば、これまでの安部政権は、自民党国会議員、地方議員も含めた党議員の意見をすべて無視し、強硬政策・独裁を行ってきたというのだろうか。自分には合点がいかない。

だとしたら、安部政権に強い反感を持つ、離党する自民議員は多く出ていたんじゃないだろうか。安部政権下で離党する議員は殆ど出ていなかったんじゃないかと思えるが。と同時に、民主党政権時代と同じく、日本は更に暗闇に落ち込んでいたのではないかと思えてしまう。だが、逆に民主政権時代に大きく落ち込んだ日本の経済などを大きく再生した事は間違いない。

12年の総裁選は、2回行われている。立候補者が5人いた事もあってか、9月に行われた一回目では石破が勝ったんだが2位に安部。改めて国会議員だけで、石破と安部の決戦投票が行われたが、安部が逆転当選している。この時にも、小泉進次郎は石破に投票していたんだろうか、どうなんだろう。

もしも12年の総裁選で石破茂が当選していたとして、石破は暗闇に落ち込んでしまっていた日本を再生する事ができていたんだろうか。今回の総裁選では石破茂は複数の主張をした。だが具体的説明が無いと多くの人々が批判していた。安部政権に対抗する主張を掲げる事はあっても、その中身を創作する事は出来ていたのか。

憲法改正でも、安部は9条2項に自衛隊を明記すると豪語している。石破は9条2項は削除しなければならないと主張する。現在の与党は、自民だけの1強体制ではない。公明党と共同しての体制となっている。もし、石破の言う2項削除を主張した時に公明党は同意するのだろうか。
憲法改正には、まず国会議員の3分の2以上の賛成が必要とされている。公明党の同意が無ければ不可能だろうな。来年行われる参議院選挙の結果次第では、自民・公明の与党だけでは憲法改正が不可能となってしまうが。

そうならない為にも、安部政権は経済や地方政策など、更には外交などあらゆる面での政策に積極的に取り組んでくれるんじゃないかと思っているが。

憲法改正では、2項に自衛隊を加えるだけでも大きい。その後の総理が憲法改正を行っていく為の門を開く事になるんじゃないだろうか。石破の主張ではこれは出来ない。

北海道の大地震対策本部

今日午前4時半頃、北海道で震度7の巨大地震が発生していたらしい。朝、テレビを付けて観ると、このニュースが各局から流れていて驚かされたが。その被害はかなり大きいようだ。
特にライフラインの被害が大きく、水分供給や電気供給が出来ずに、住民の生活に大きな被害をもたらしている。新千歳空港は閉鎖され、JR北海道は全線停止となり、高速や一般道にも損害があるだろうし、交通網も住民には大きな被害をもたらしている。

対し、政府・自民は早々に対策本部を設立させた。出席者からは、道内の停電に関し病院などへの電力供給を求める意見が多く出た様だ。実際に、今回の大地震で北海道では多くの被害者が発生しているが、それを救急で受け入れる病院はあっても、停電の影響から、病院の機能が完全に稼動していない状態であり、受け入れら他被害者を決して助けられる状態ではない。
住民への水分供給もままならず、住民自ら水を買わなければならない状態にある。ライフラインの早急の復活が望まれる。

野党も地震対策本部を設置したらしいが、各党が独自に活動しても何ら意味は無い。やはり政府の対策本部と協力し実行する事で野党の存在価値も出くれるんじゃないのか。立件民主の国対委員長は自民の国対委員長へ対応協議を求めているらしいが、国会の様に協議を求めても対立しては、結局は民衆は無視し、政府との違いをアピールしようとすれば、やはり民衆を無視した集団にすぎない。

野党の対策本部は政府の対策本部と真摯に対応を協議し、政府と共にライフラインの早急の回復、住民の生活の送球の復旧に協力し合い努めなければならない。そういった事もしない、単なる見せ掛けの対策本部を設立したのであれば、来年の参議院で大敗する可能性高いだろうな。

麻生はセクハラ問題は解決していないと思っているんだろう

麻生が財務全事務次官セクハラ問題に関し、非常に気になる事を言っている。前事務次官は女性記者などにはめられたんじゃないかと。

麻生氏「個人として、セクハラあったと言えない」
 財務省の福田淳一・前事務次官のセクハラ問題で、麻生太郎財務相は11日、「(福田氏が)はめられて訴えられているんじゃないかとか、ご意見はいっぱいある」などと発言したことについて、「よく言われている話で、そういう可能性は否定できない。本当に事実かもしれない。(福田氏の)裁判で結果がきちんとされていくと思う」と述べた。

 立憲民主党の尾辻かな子氏が同日午前の衆院財務金融委員会で、現在の認識をただしたのに答えた。尾辻氏が発言の撤回も求めたのに対し、麻生氏は「あの場で言ったのは不適切だったというのであれば、そうなるかもしれない」と話した。

 福田氏のセクハラがあったと認めているのかを繰り返し問われると、麻生氏は「今の段階として、(福田氏)本人が(セクハラは)ないと言っている以上、あるとはなかなか言えない」とも述べた。直後に「個人としていかがかと聞かれたからお答えした。財務大臣としては(セクハラを)認めた」と釈明したが、麻生氏のセクハラ問題に対する認識を問う声がさらに高まりそうだ。
(2018/05/11朝日新聞)


麻生の発言には批判が多い様だが、決して間違っているとは思えない。実際にセクハラを受けた被害者と意識するなら、姿を隠す事なく堂々と表しどの場でどの様な取材を行っていた時に、どの様なセクハラ行為を受けていたのかを自ら明らかにすべきではないか。週刊新潮が公開した録音データだけでは、決して女性記者がセクハラを受けていたとは決断しきる事はできない。
逆に、録音データの公開とマスコミの報道によって前事務次官はセクハラ行為を行っていたと完全に決め付けられてしまった。厚労省に対価型と環境型の2つのタイプのセクハラが公表されているが、録音データだけで判断する事になれば、環境型になるが録音データだけでは疑問が多く感じられる。

女性記者は取材中に前事務次官が発言したとしているんだろうが、実際に女性記者と前事務次官はどの様な会話を行っていたのだろうか。取材の為に前事務次官と食事の場にいたのであろうと、取材に関する言葉を発していたと思うのだが、取材内容は何だったんだろう。
セクハラ被害を訴える女性記者やテレビ朝日は、取材内容を明らかにしようとはしないし、録音データも公開しようとはしない。

本当にセクハラ被害を浮け大きな心的外傷を受けたというのであれば、単に編集されたとしか思われない録音データだけを公開し、他のメディアと共同し前事務次官がセクハラ行為を実行したと批判するばかりではなく、ジャーナリストとして客観的な情報も公開する責任があるんじゃないのか。先にも書いたが、どの様な場で、どの様な取材を行い答弁を求めていたのか。会話を行っていたのか。何よりも、録音データを編集したものを公開ではなく、そのままのものを公開すべきの筈。何故、そういった事をしようとはしない。

公開された、録音データだけを聞かされれば、財務省であろうと、どの場の者であろうと環境型セクハラが実行されたと判断せざるを得ないだろう。被害者と訴える女性記者にとっては、思い通りの展開ではないかとも思えてしまう。麻生が言うように、はめられたのかもしれないと思えてならない。前事務次官は編集された録音データの公開によって、セクハラ行為を行ったという印象付けをされてしまったのだ。

昨日、ある番組を観ている時、女性キャスターが麻生の発言を流した後に番組のMC達との会話で、セクハラの対象はイメージで変わるといった事を言っていた。この時には非常に不快に感じさせられたよ。自分に接する男性が、イケメンかそうで無いか、或いは自分のお気に入りか否かで相手へのイメージは大きく変わると。女性のこういった意識の持ち方も、男性に対するセクハラ行為ではないのか。

法務省はセクハラを人権問題としている。「人種、性別、民族、年齢などを理由とした差別は、人権問題であると広く認められています。「セクハラ」も、相手の人権を無視した不快感を与える行為であり、人権問題のひとつです」と。セクハラは社会一般では女性が受けるものと強く意識されているようだが、大きな間違いで、女性だけではなく男性も受ける行為とされている。男性から男性、或いは女性から男性に対し。

セクハラを判断する時の大きな問題は、客観性が重視される事がない。どの様な行為からセクハラとなるかラインが示されてなどいない。あくまで被害を受けたとする者の主観を重視する事となっている。被害者と訴える者が、相手の発言や行為が不快と感じた時にセクハラ行為を行ったとするだろう。相手の発言や行為への意識は、相手へのイメージによって大きく異なってくる。気にいらない者などから接せられた時には、ちょっとした事でもセクハラ行為を感じるのかもしれない。逆にお気に入りの者から接せられれば、そういった事を感じる事は殆ど無いのではないだろうか。

セクハラという単語には大きな問題もある。実際には全く受けてもいないのに、気に入らない者を一つの座から貶める為に、自分はセクハラ行為を受けた被害者だと強く訴える。ジャーナリストでありながら、客観的事実を一切公開しようとはせず、ただ被害者とばかりを訴え続け、一人の官僚をまさに陥れた。

被害者とばかり訴える女性記者は、ジャーナリストとして何ら恥じる事はないんだろうか。