小学4年生の頃、学校にある一輪車にはまり
休み時間になると、
一輪車が置いてある渡り廊下まで
仲間と走っていき、
自分の背丈に丁度良い「No7」の一輪車をゲットして
毎日練習していたんだよね
だんだんうまくなっていくのが嬉しくて
仲間と一緒にするのも楽しくて
そしたら先生からみんなの前で
披露してみないかって声をかけてもらい
その日のためにみんなで練習して
本番当日
全校生徒の前で披露したんだよね
すんごく緊張したと思うけど、
なんだか誇らしげな気持ちで
みんなの歓声を聞くと
心が躍って嬉しかったんだよね
そんなこともあり
一輪車を家でもやりたくて
クリスマスプレゼントにサンタに
お願いしたんだよね
そのころにはサンタは両親って分かっていたから
本当に欲しくて
直接お願いしたんだと思う
本当に欲しかったから
きっと貰えると確信して
クリスマスの朝
目を覚ますと
枕元にあったプレゼントは
望んでいた一輪車ではなく・・・
竹馬・・・
あのときのがっかり感は
今でも覚えていて
がっかりというか怒りというか
すぐに母親のところへ駆けていき
訴えた
泣いていたと思う
私の欲しいのは竹馬なんかじゃない
私が欲しかったのは一輪車!!
言ったよね??聞いてくれたよね??
なんで?なんで?なんで?
めちゃくちゃ泣いて訴えても
母の気持ちは変わることなく
理由は
危ないから
だった
危なくないよ
私上手なんだから!!
私みんなの前で披露したんだよ
上手いんだからね
そんなん道に飛び出すほど
へたくそじゃないんだよ
あんまりしつこく訴えると
母が怒りだすもんだから
怖くなって
結局諦めて
すねて
庭で竹馬やってみたけど
ちっとも面白くなくて
なんにも面白くなくて
めちゃくちゃ欲しかったのにって
家でも乗れるんだ!と期待してた分
心にぽっかり穴が開いて
いつまでも根にもっていたと思う
今思えば
一輪車を上手にできるようになった姿を
両親に見せたかったのかもしれない
ねぇ私すごいでしょう
上手でしょう
こんなにできるようになったんだよ
みんなの前で発表したんだよ
ねえ見て
私のことを見て
お母さん
私のこと褒めて
すごいねって言ってほしい
頑張ったねって言ってほしい
やれば出来るんだねって言ってほしい
そんなあたなが大好きだよって言ってほしかったのかも
しれないなって
たった今思いました
だから、あのときの
買ってもらえなかった
悔しさ、悲しさ、怒りを
今でも鮮明に覚えているのかも
お母さんに私を見て欲しかった
こっちを向いていてほしかった
その思いがあのときの
悔しさ、悲しさ、怒りという感情と
一緒になっていたのかもしれないね
母は母なりの愛で
竹馬を選んだ
母が幼い時に
交通事故で父親を亡くしているのもあったからなのか
危険なことに関してはすごく敏感だった母
おまけに私が小学2年生の時に
家の真ん前で母の前で
私は私の不注意で車にひかれ
2週間ほど入院したこともあったんだよね
母の心境を思えば
そりゃ
この私に
一輪車を使わせるということが
怖かっただろうし
ずっと長い間
私のことを見てほしかった
私とちゃんと向き合って
関わってほしかったって
思っていたけど
実はちゃーんと
母なりの愛の目で
私を見てくれていたんだよね
その愛に気づけなかっただけ
全く構ってもらえなかった
全く目をみて話してくれなかった
いつも自分のことばっかりに気がいっていて
幼い私をみる余裕もなく
心ここにあらずだったんだろうって
思っていたけど
実はそこには
すでに母の愛があったんだよね
ただ気づけていなかっただけ
心配してくれて
ありがとね
そして
あのときの竹馬
ごめんね
私の気持ちを受けとめてくれて
ありがとう