THE BOOMの「虹が出たなら」を矢野顕子がカバーすると、
表記が「虹がでたなら」になるというのを、
最近になって知った私。
以前、THE BOOMのほうの記事でこの曲を書いた時には、
それを知らず、
「虹がでたなら」のタイトルで記事を書いていたようで・・・。
(失敬。)
・・・というわけで、
今回は「虹がでたなら」のタイトルで合ってる、
矢野顕子のカバーの記事です。(ややこしい)
以前、宮沢和史と矢野顕子が関わる作品に対して、
ハートフルとかピースフルとかブログに書いておりましたところ、
この曲はやや苦み強めの作品かもしれません。
曲調やメロディはやさしいんですけどね。
歌詞にどこか世界の歪みを感じるというか。
・・・なんてのは、THE BOOMの記事でも書いた話。
ただ、THE BOOMのオリジナルは、
その点、どこか文学性を感じるところになっていたんだったかと。
それが矢野顕子のカバーは、
そんな歪みがいっそう浮き上がって感じられ、
もはやメッセージソングのように響いて感じられるんですよね。
まあ、原曲とは別の曲になってしまうというのは、
矢野顕子カバーでは特別なことではないんですけどね。
ただ、冒頭書いたそれぞれの表記の違いもあってか、
(かつ、それに私が気づいていなかったということもあってか(う)。)
数ある矢野顕子のカバーの中、「虹がでたなら」は、
ちょっと特別感のある一曲として、聴くようになっているかなと。
「虹がでたなら」
矢野顕子のカバーは1995。