モペッド で 1マイル

モペッド で 1マイル

浮かんでは消える。消えるようで消えない。日々の思いは頭の中で、音楽のように流れていく・・・ような気がします。好きな音楽のことを中心に、そんな思いをちらほらメモ書きしてみようかな・・・てな感じです。

「FADE AWAY」もスプリングスティーンです。

アルバム「THE RIVER」収録のスローナンバー。

 

これまたスプリングスティーンな歌ではあるものの、

一方で、いつもの熱とは違う、

どこかひんやりとした響きが感じられ、

アルバムの中でもちょっと、

異質の印象を残す一曲になっているかと。

 

内容的には、未練たっぷりのお別れの歌ってことでいいのかな。

そして、先述のように、どこかひんやりした感触が、

いっそう虚しさや寂しさを描いて感じたりも。

 

それもまたお別れの歌として、リアルってことでしょうか。

いろいろ想うことはあっても、

その気持ちの宛先がないっていうね。

 

住所不在で返って来る手紙を自分で開くかのようとでもいうか。

(ひんやり感が半端ないでしょ。)

 

まあ、私がこの曲を最初に聴いた時点で、

中学生でしたから、その時点でリアルだとかなんだとか、

そんな感想が湧き上がることはありませんでしたけどね(笑)。

そんなこんなも今にして思うにってやつで。

 

(まあ、以後、我ながら、色恋でいい経験してまへんってことで(う)。)

 

 

 

 

 

 

 

「FADE AWAY」(1980)

 

 

スプリングスティーンといえば、

フォーキッシュなシンガーソングライターとしてレコードデビューしたものの、

ライブではバーバンド的な、

パーティーノリのステージを繰り広げていた人ということなのですが、

そんな時代のそんなノリを代表する曲が、

「ROSALITA(COME OUT TONIGHT)」でしょうか。

 

セカンドアルバム「青春の叫び」収録の一曲ですね。

 

まあ、賑やかな曲です(笑)。

ライブでは盛り上がりどころの定番曲であり、

いまなお、演奏する機会も多いみたいですね。※

かなり体力を使いそうな曲なので、

大丈夫なのかという気もしますが。

 

(・・・って、それを言い出したら、

スプリングスティーンの曲って、きりがないか(笑)。

(いらぬ心配?))

 

とにかく、熱の飛び散る演奏を繰り広げますからね。

この曲のスプリングスティーンといえば。

 

ただ、ここではそれも、

ただただ楽しいばかりという感覚なのですが、

一方で、アンセミックなシンガーとしての力もまた、

すでに感じられるところなのではないかと。

 

その点、その後の音楽的な方向性の変化や、

シンガーソングライターとしての立ち位置もまた、

想像できないことではないというか。

 

まあ、でも、そんな面倒なこと考えずに、

ただただ楽しみたいですよね。

この曲が演奏されている間ぐらいは(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ROSALITA(COME OUT TONIGHT)」(1973)

 

 

 

 

 

最近のライブ映像を見たら、

この曲では、完全に笑わせにかかってますね(笑)。

 

(めちゃ楽しい。)

 

 

バスデの「ROCK ’N' ROLL GIRL」を初めて聴いたときは、

ほんと、チバの声がスプリングスティーンに聴こえて、

驚いたのを覚えています。

 

(というか、繰り返し聴いた今でも、

やっぱりそれは感じるかも。)

 

ミッシェルの頃を考えると、

スプリングスティーンが頭に浮かぶことなんて、

ありませんでしたからね。

その点、そもそもロックはスプリングスティーンから始まった私の場合、

興味のそそられるところだったわけで。

 

う~ん、音楽的にも近いものがある?

まあ、この曲の場合は、それもあるのかもしれません。

 

一方でやっぱり、バスデがパンキッシュなバンドから、

王道ロックになってきたというのがひとつ、大きいような。

 

ただ、スプリングスティーンはスプリングスティーンで、

クラッシュ好きだったりもするんですよね。

デビューはクラッシュよりも先なんだけど(1973年?)。

ちょこちょこカバーしていますし。

 

(他のパンクバンドの曲も近年、カバーしていたような。)

 

結局、巡り巡れば、この二人、

近いところもあるってことでしょうか。

ともあれ、嬉しい驚きではあったわけです。

今もその時の感覚を思い出しては、

楽しくなるぐらいに(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ROCK ’N’ ROLL GIRL」(2017)

 

 

 

 

 

「HAMMERSMITH ODEON,LONDON '75」は、

スプリングスティーンのライブ盤です。

そもそも「明日なき暴走」のデラックスエディションに、

同ライブのDVDが付属していたんだそうで、

それを別途、CDとして発売したものなんだとか。

 

・・・で、私も遅れて入手したと。

まあ、当初、スプリングスティーンに興味が薄れている時期だったもんで、

私も流してしまっていたんですけど。

とはいえ、興味が再燃するとね(笑)。

 

「明日なき暴走」発売後のイギリスで、

その後も続くEストリートバンドのメンバーが概ね揃ってのライブ。

そりゃ、やっぱり聴いておこうかって。

貴重な音源なのは、間違いない話ですし。

 

まだ粗削りながらも、

すでに出来上がっているものもあるEストリートバンドの演奏と、

そんな音の上をがむしゃらに泳ぐスプリングスティーンのボーカル。

 

スプリングスティーン自身、海外でのライブは、

この日が初めてだったんだそうで、

そりゃ、何かと手探りなところもあったんじゃないかな。

バンドとのコンビネーションも、

まだまだこれからって時期だったりするんでしょうし。

 

でも、だからこそ、描けるものだったり、

響くものっていうのもあるんですよね。

 

その楽しさにしろ、切なさにしろ、

きっと、その場にいたロックファンの心に新たな種を撒き、

胸に火を灯したんだろうななんて、

そんな想像も膨らむライブ盤です。

 

う~ん、聴いていると、なんだか、

私自身が観に行ったライブで体験したあれこれを、

思い出したりなんかもしてね(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

「HAMMERSMITH ODEON,LONDON ’75」(2006)

 

 

 

「(WHITE MAN)IN HAMMERSMITH PALAIS」は、

クラッシュですね。

シングルのみの発売で、

私はクラッシュのシングル集「SINGLES」(1991)で聴いた一曲。

(ただし、アメリカ版「白い暴動」には収録されていたんだとか。)

 

クラッシュといえば、

レゲエやダヴといった音楽も積極的に取り入れたバンドなところ、

この曲はスカになるのかな。

 

結構、画期的な一曲だったみたいですね。

パンクといえばの定型を破ったということで。

まあ、私はといういと、シンプルにポップな楽曲というとこで、

楽しませてもらっている曲って感じなんですけど。

 

(パンクに詳しくない私(む)。)

 

ちなみに、邦題は「ハマースミス宮殿の白人」というんですけど、

これまた、誤訳みたい。

「HAMMERSMITH PALAIS」は、ハマースミス宮殿じゃなくて、

「ハマースミス・パレ」っていう、

ライブハウス(ダンスホール?)の名前らしいので。

 

(ちなみに「HAMMERSMITH ODEON」というのもあって、

そっちはそっちでまた別のホール。)

 

でも、個人的には、そんな邦題ゆえ、

覚えやすかったところもあったような気が。

 

なんか、変なタイトルでしょ。「ハマースミス宮殿の白人」って。

なんじゃそらってところで、妙に頭に残ったわけで。

 

(そう考えると、ある意味、良い邦題?)

 

 

 

 

 

 

 

「(WHITE MAN)IN HAMMERSMITH PALAIS」(1978)

 

 

 

 

スプリングスティーンに関して、

そもそも「BORN IN THE U.S.A.」からがリアルタイムの私は、

スプリングスティーンとその他の音楽の時系列に

ピンと来ていないところが多かったりします。

 

とりわけ、パンクなんですけど。

 

スプリングスティーンのデビューが1973年。

アルバム「明日なき暴走」で1975年。

 

そう考えると、パンクより前なんですね。

これがなんだか不思議な感覚で。

私がスプリングスティーンを初めて聴いた時点で、

むしろパンクのほうが過去のものという扱いに感じていましたから。

 

さらに、ずいぶん経った2009年には、

スプリングスティーンのほうがライブで、

クラッシュの「LONDON CALLING」をカバー。

これがまた、混乱し続ける理由だったような・・・。

 

(カバーって、先人の作品を取り上げるイメージのほうが強かったもんで。)

 

でも、あれこれ見ていると、

むしろスプリングスティーンがパンクの音楽的な起点と考えても、

そんなに不自然ではない・・・は、言い過ぎかもしれませんが(む)、

少なくとも、スプリングスティーンとパンクって、

そんなに遠くないのかなと思うようにはなっています。

 

そもそもバーバンド的なライブをしていたのがスプリングスティーン。

一方、イギリスではパブロックなんてのがあったところ、

関連性もあったみたいですし。

 

そんなパブロックの中から

ロンドンパンクと呼ばれる一派が出てきたのが1976年頃なところ、

クラッシュのジョー・ストラマーのテレキャスは、

スプリングスティーンの影響なんて話もあったりしますしね。

 

他方、スプリングスティーンは、「BECAUSE THE NIGHT」を、

NYパンクで名を馳せていたパティ・スミスに提供していたり、

(これはそもそも知っていた。)

「HUNGRY HEART」は、

そもそもラモーンズに提供予定だったなんてエピソードも。

(これは最近になって知った(う)。)

 

つまり、時系列で言うと、スプリングスティーンありきで、

そこにパンクっていうのが登場したというか、

たとえば、仮にスプリングスティーンがイギリスのミュージシャンだったら、

パブロック勢のひとりだったかもというのが、

位置づけとしては、いいんじゃないかってね。

 

この点、そんな時系列の感覚が薄い理由として、

パンクと一緒に語られるタイミングを逸したっていうのがあったのかも。

そもそも、新たな音楽だったパンクを語るに、

それ以前のミュージシャンは避けられがちだったんでしょうし、

(そういうアティチュードのムーヴメントでもあったみたいだし。)

だいたいからして、パンクが隆盛した時期に、

スプリングスティーンは訴訟で新作が発売できないことに。

 

それぞれの盛り上がりのタイミングが、ずれちゃったってことです。

結果、音楽的位置づけは別枠っていう、

私みたいな後から聴いた奴の感覚につながっていったんじゃないかなと。

 

けだし、先述の「LONDON CALLING」のカバーにしても、

スプリングスティーンにしたら、

「同士の曲」をカバーしたみたいな感覚だったってことなんですよね。※

 

 

・・・なんて、そのあたりをすべて断定的に書くのは、

まだちょっと躊躇する私(む)。

あくまで、「思うに」って話なもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「LONDON CALLING」(1979)

 

スプリングスティーンのカバーは2009。

 

 

 

 

 

最近でも、クラッシュの「クランプダウン」を、

ライブでカバーしたりしたみたいです。

 

 

 

「I WAS WALKIN’ AND SLEEPIN’」は、

ミッシェル・ガン・エレファントのファーストアルバム、

「cult grass stars」に収録された、

オールディーズなロックンロールの雰囲気の一曲ですね。

 

とかいって、具体的にオールディーズのどの曲っていうのが、

すぐに出てこない私(愚)。

なんとなく、フィフティーズの、

ダンス・パーティとかのイメージではあるんですけど。

 

(思い浮かんだのは、ビリー・ジョエルの「あの娘にアタック」とか、

ワムの「WAKE ME UP」とか。

あんまり、いい例えが思いつかない(う)。※1)

 

ともあれ、これまた、ファーストアルバム収録曲っぽい、

かわいらしさのある曲だなぁと。

 

もっとも、この曲って、

バンドのラストライブでも選曲されているんですよね。

しかも、その後のゴリゴリの曲の中にあって、

そんなに違和感を覚えるというわけでもなく、

むしろライブのいいアクセントになって感じられたりして。

 

だから、強面路線が行くところまで行って、

消滅した印象のミッシェル・ガン・エレファントなんですけど、

もう一回、初期のノリに戻るってことも、

ありだったんじゃないかなと思ったり。 ※2

 

まあ、言うは易しって話ですね(愚)。

いいバンドに対して、そういう妄想もよくあることということで。

 

(二度と活動しえないものほど、

「たられば」は頭に湧いてしまうものかと。)

 

それに、行くところまで行って解散したからこその美しさみたいなものも、

あるっていうのも分かるし。









 

「I WAS WALKIN’ AND SLEEPIN’ 」(1996)

 

 



 

※1

 

色々調べていたら、ルースターズにも、

こういうリズムの曲があるみたいなので、

そっち由来というほうが、少しは納得だったりするかと。

 

(クラッシュのセカンドにもある。)

 

 

※2

 

ただ、私が見たことのあるのは映像商品ばっかりなので、

そういう感想なんですけど、

実際、ライブでは、ラストライブに限らず、

この曲だったり他の初期の曲もやっていたのかもしれないんですけどね。

 

そのあたり、よく知らないんで、

勝手に、ここに書いた「ストーリー」みたいなものが、

私の中にできちゃっているんですけど。


 

 

ルースターズも、私にはちょっと世代が違う印象のバンドだったりします。

めんたいロックっていうんでしたっけ。

福岡出身のバンドで、ファーストアルバムが80年。

その時点で私は小学生でしたし、

その後、私が邦楽を好んで聴くようになった90年代は、

活動していなかったんじゃないかな。

 

熱く語る人のいるバンドだったりもするんですけどね。

私の場合、そんな熱い言葉を、

ポカンと見たり聞いたりしていたわけですが、

ずいぶん経って、ミッシェルだバスデだと私が盛り上がるに、

チバもまたルースターズの名前をよく出していたんですね。

 

それで、また少し興味が湧くようになったというか、

一目置くようにはなったと。

 

とか言って、そのアルバムを聴くようになったりまでは、

していなんですけど(う)。

あくまで、一目置くようにはなっただけで。

 

まあ、そもそも特に聴いてみようとしなかったのも、

好みとはちょっと違うような気がしたからで、

それが覆る気分にまではならなかったというか・・・。

 

ただ、やっぱり影響された人の多いバンドだったんだなぁっていうのを、

改めて実感したと。

ひとつの「世代」ってぐらい、存在感のあるバンドだったんだなってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーカスがテーマの曲というと、これもありますね。

「BEING FOR THE BENEFIT OF MR.KITE!」。

アルバム「サージェント・ペパー・・・」収録の一曲ですね。

 

そもそも、アルバム自体、

どこかショー仕立てのサーカス公演っぽい作品だったりするところ、

そんなイメージを決定づけるにも一役買っている作品。

そんな感じでしょうか。

 

ボードビルな雰囲気の曲にのせて、

サーカス公演のポスターに書かれていた言葉を、

ジョンがそのまま歌にしたという話ですから。

 

なので、この曲自体が素晴らしいとか、

そういう感想は、私もあまりなく、

あくまでアルバムに面白味を感じさせる一曲というイメージかな。

 

その点、当時、ポールよりジョンが好きだった私の場合、(今もか)

アルバム中、数少ないジョンがメインの曲のひとつが、

この曲だったのは、ちょっと残念に思った覚えがあったりも。

 

今は、ここでの遊び心を私も楽しませてもらっていますけどね。

「サーカス」が、いろんな音楽作品のモチーフになっていることも、

何かと興味の湧くところだったりしますし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「BEING FOR THE BENEFIT OF MR.KITE!」(1967)

 

 

 

「WILD BILL'S CIRCUS STORY」は、

スプリングスティーンのセカンドアルバム、

「青春の叫び」収録の1曲ですね。

 

ファーストに比べ、ややロック色を強め、

バーバンドな曲も収録されたセカンドですが、

この曲は、フォークスタイル。

ただ、いろんな音が手作りな感触で流れてくる作品で、

そんな音像が作る情景が魅力的な作品なのではないかと。

 

ストーリーテリングな内容も、

スプリングスティーンらしく感じるところですね。

 

その後のアンセミックな作風もまた、

スプリングスティーンらしさかもしれませんが、

個人的には、このころの、

溢れかえる言葉をちりばめ紡ぐストーリーテリングな作品にも、

ずいぶん惹かれた覚えがあります。

 

(その点、セカンドアルバムは象徴的に感じる一枚だったりも。)

 

そして、スプリングスティーンを好きになって以来、

何かと周りから苦手だとか嫌いだとかいう言葉を食らうたび、

このあたりの作品を聴いたうえでのことなのかなとは、

しばしば思うことだったりしてね。

 

まあ、そんなあれこれを考えるのも、私の場合、

スプリングスティーンがスタートだったってことですね。

 

というか、それは今もしばしば考えることだったりするかも。※

ただの好みの話ということで、

次第に納得するに至っている一方でね(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

「WILD BILLY’S CIRCUS STORY」(1973)

 

 

 

 

 

そういうことを考えるのは、「わがまま」だと指摘されたことがあり、

ちょっと、クールダウンした覚えもあったり。

 

確かに、そういうのって自分の好みが絶対みたいな考えが、

底にあると言われれば、そんな気もするところですからね。

 

ただ、それでも、やっぱり考えてしまうというのもまた、

私の性でございまして(ぬ)。