モペッド で 1マイル

モペッド で 1マイル

浮かんでは消える。消えるようで消えない。日々の思いは頭の中で、音楽のように流れていく・・・ような気がします。好きな音楽のことを中心に、そんな思いをちらほらメモ書きしてみようかな・・・てな感じです。

「THE RAVEN」は、ルー・リードのアルバムです。

前に書いた「エクスタシー」(2000)の次に発売された、

オリジナル・アルバム。

 

割と特殊な作品扱いだったりもするのかな。

エドガー・アラン・ポーの作品をモチーフにした舞台に、

ルーリードも携わっていたところ、

「パーフェクト・デイ」や「ザ・ベッド」の再録音とともに、

新たにその世界観をアルバムで再現・・・みたいな作品なんだそうで。

 

(その舞台の音楽というわけではないらしい。)

 

ちなみに、2枚組CDとして発売されたものと、

1枚で発売されたものがある作品で、

私が持っているのは、1枚の方。

 

この点、先述の舞台を観たわけでもなく、

どれもあくまでエピソードとして見かけた話なのですが、

1枚になった編集盤(?)を聴いただけの私でも、

舞台音楽的でストーリー性のある大作というのは感じる録音だなと。

 

男女問わず、ルー・リード以外の声も、

歌に語りにあれこれ登場しますし。

逆にインストの曲も多かったりしてね。

(ゲストも多様。)

 

加えて、しばしば言われるほど特殊な作品という感覚も、

私にはなかったりして。

う~ん、そこはやっぱり、ルー・リードの作品というのがそもそも、

そんなに聴きやすいものばっかりじゃないというイメージだからかな。

 

そういう意味では、むしろ聴きやすい一枚のような気がするぐらい

 

・・・というのは、やや言い過ぎな気もしますが(む)、

ただ、以前、ルー・リードのボーカルを「ナレーション」のようだと、

私はブログに書いたりしていたところ、ゲストが多い分、

そんなボーカルの特徴が、いっそう際立った作品だったりもするんだな。

 

なんならそれこそが本作のテーマに思えたりもしてね。

まあ、そんな調子で、ひとまず、

自分なりの解釈で聴くことのできる作品にはなっていると。

 

 

 

 

 

 

 

「THE RAVEN」(2003)

 

 

 

 

ちなみに、タイトルもエドガー・アラン・ポーの作品名で、

日本だと「大鴉」と訳されているんだとか。

 

そもそも、RAVENというのが、大きな漆黒のカラスということで。

(小さいカラスがCROWなんだそうな。)

 

 

 

 

 

 

「A SINGLE WOMAN」は、ニーナ・シモンの、

最後のスタジオ録音アルバムなんだそうです。

1993年発売なので、

ちょうどニーナが還暦を迎えた年の一枚。

 

その点、ニーナの集大成みたいな作品かというと、

そこはちょっと違うかも。

ニーナ名義のアルバムとはいえ、

どこかゲストボーカルのよう・・・は言い過ぎとして(む)、

ドラマの出演者のようとか言えばいいのかな。

作者というより役者みたいな立ち位置というか。

 

まあ、そもそもニーナといえば、

自己主張の強い創作や表現のイメージもあるものの、

それがすっかり薄れた時期の一枚というのはそうなんでしょうね。

 

ただ、それもまた本作がリアルに感じるところではあろうかと思いますし、

だからこその良さっていうのが本作にはあるんじゃないかと。

 

年齢を重ねた女性の静かで美しい日常が描かれた作品。

本作に感じるそんな佇まいは、実際のニーナの年齢に加え、

ここでのニーナの立ち位置っていうのも大きいんじゃないかってね。


 

 

 

 

 

 

 

「A SINGLE WOMAN」(1993)

 

 

リリー・マルレーンというのは、

大昔の歌手名だと思っていたので、

今回、テーマ「余所見」の「り」で書こうと思ったのですが、

改めて調べると、歌手名ではなく曲名だったみたい(う)。

 

加えて、その名前を私が知ったのは、

漫画「はいからさんが通る」だと思っていたんですけど、

「はいからさん」って大正時代のお話なんですよね。

でも、その曲ってドイツの歌謡曲で、

ヨーロッパで流行したのは第二次世界大戦中なんだとか。

 

それって日本だと昭和なんだな(む)。

 

う~ん、これまた、私の勘違いだらけだったってことでしょうか。

そんなセリフがあったように思っていたんだけど。

 

ともあれ、「はいからさん」が手元にないので、

確認しようもなく、

結局、何と勘違いしていたのか分らないまま、

むにゃむにゃすることになっている次第。

 

まあ、それはそれで、なんだかおもしろく思えたので、

今回の「り」は「リリー・マルレーン」でいいかと(笑)。

 

 

 

しっぽの太い黒猫が

道端に寝そべってる

横を通り過ぎても

こちらの顔を見るだけで逃げない

 

何度か見かけたことのある奴なので

何もしないだろうと高を括っているのだろう

 

確かに私は何もしない

心の中で面白がっているだけ

 

狸みたいなしっぽだなとか

目の色は緑がかっているなとか


そんな調子の相手は他にもいる

スズメだとかハトだとか

何をつついて食べてんだろとか

よく見れば険しい顔してるなとか

 

あいつらはあいつらで

同じような目で私を見ているのかもなんて

想像したりしながら

 

こいつはいつも一人で歩いてるなとか

平日昼間から何ふらふらしてるんだとか

 

 

そして猫とは今日もまた目が合う

 

 

春だね

 

春だな

 

 

なんとなくそんな言葉を交わしたような気がしたあとは

またそれぞれが自分の生きる世界へと歩みを進める

 

 

 

 

 

前回、マイルスさんの「TEO」という曲で記事を書きましたが、

今回は、モンクの「TEO」です。

 

こちらも、そのタイトル通り、

プロデューサーのテオ・マセロに捧げた曲なんだとか。

 

なんだかすごいですね。

マイルス・デイヴィスとセロニアス・モンクが、

その名を付けた曲を作っているって。

 

いや、マイルスさんの作品を聴くに、

その功績は十分感じるところなんですけど、

そのうえ、モンクまでってね。

 

ちなみに、モンクの録音は、

テナーのチャーリー・ラウズを擁したクインテットによる演奏で、

マイナーキーの曲ながら、

軽快な演奏が快活な録音といったところでしょうか。

(スイング・ジャズの曲っぽい?)

 

う~ん、でも、これが「テオ」っていうのも、また、

私にはよく分からないところ。

マイルスの「テオ」と共通点があるわけでもないし。

 

まあ、結局それは、ジャズならばどんな曲でも、

「テオ」と名付けておかしくないってことなのかもしれません。

名盤と呼ばれる数多くの作品をプロデュースしている人なわけですが、

それらの作品に共通するものがあるのかといえば、

そういうわけでもないような気もしますし。

 

(私が分かっていないだけ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「TEO」(1964)

 

 

 

マイルスさんのアルバム「いつか王子様が」は、

コルトレーンの参加曲が何かとピックアップされる一枚でもあるところ、

(全曲に参加しているわけじゃないんだな。)

「TEO」もそんな一曲ですね。

 

3拍子のモーダルな作品。

タイトルは、プロデューサーのテオ・マセロとのこと。

 

ちなみに私がテオ・マセロの名前を目にしたのも、

マイルスさん絡みが最初だったかも。

あの作品もこの作品も、

テオ・マセロの編集ゆえに名盤となった・・・みたいな、

かなりの重要人物として紹介されていて。

 

(実際、エレクトリック期の名盤はかなりの割合で、

テオ・マセロが編集している。)

 

その後、セロニアス・モンクを聴くにも、その名前は出てくるし、

チャールズ・ミンガスを聴くにも、その名前は出てくるしで、

そりゃ、嫌でも覚えるっちゅう話。

 

・・・と、話がズレているような、

ズレていないようなことになっておりますが(う)、

ひとまず、マイルスさんのプレイにしろ、

コルトレーンのプレイにしろ、聴きどころの多い録音になっています。

 

ただ、どうしてこの曲のタイトルが「TEO」なのかっていうのは、

よく分からないといえばそうだったりも。

 

というか、後にこの曲、「TEO」ではなく、

「NEO」でクレジットされることになるんですよね。

そう考えても、あんまりタイトルに理由はないような気も・・・。

 

(そういうところ、マイルスさんって、適当。)

 

 

 

 

 

 

 

 

「TEO」(1961)

 

 

 

 

以前、マイルスさんのアルバム「JACK JOHNSON」の記事で、

収録曲の「YESTERNOW」の事を書くに、

もうひとつ前のアルバム、

「IN A SILENT WAY」を思い出す曲調の一曲なんて、

私は書いておりましたが、(ずいぶん前です。)

なんでも、この曲、実際に「IN A SILENT WAY」収録の、

「SHHH/PEACEFUL」の音源から、

引用されているパートがあるんだとか。

 

そりゃ、「IN A SILENT WAY」を思い出すのも、

当然って話だったんだな(む)。

 

この点、「IN A SILENT WAY」にしろ、

「JACK JOHNSON」にしろ、

プロデューサー、テオ・マセロの編集によって作り出された作品なところ、

ここに来てまた「IN A SILENT WAY」の音源を使うというのは、

よっぽど「IN A SILENT WAY」の出来栄えが、

気に入っていたということでしょうか。

 

(それとも、使うに重宝する音源に思っていたとか?)

 

まあ、そのあたりは想像でございますが、

一方、そんなこんなで、「YESTERNOW」が、

テオ・マセロの作品と言っても過言ではないというのは、

やっぱりそうなんでしょうね。

 

もちろん、そこは、

「マイルス・デイヴィス」という題材があってのことなんでしょうけど。

 

(そこは監督と役者みたいな話?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「YESTERNOW」(1970)

 

 

 

「I WANT TO TAKE YOU HIGHER」は、

スライ&ザ・ファミリー・ストーンですね。

アルバム「STAND!」収録で、

シングルカットされたアルバムタイトル曲の

B面曲だったりもしたんだとか。

 

一方、そもそも「HIGHER」という曲がスライにはあって、

(アルバム「DANCE TO THE MUSIC」収録。)

それのリメイクという話も。

 

でも、「I WANT TO TAKE YOU HIGHER」になると、

熱量が格段に上がって感じられるので、

同じ曲という感覚は私にはあまりなかったりします。

 

そう、「熱量」。それこそがこの曲の肝かと。

そして、ライブになると、

これが、ますますヒートアップするっていうね。

 

もはや扇動とでもいうべき高揚感は、

ポップミュージック全体を通して、

特筆すべき成果の一つに私は思っているぐらい。

ロックを聴いていても、ジャズを聴いていても、

この感覚はなかなかあるものじゃないですから。

 

う~ん、むしろ、ロックやジャズという枠組みから外れたからこそ、

ここでのグルーヴが生まれるのかも。

プリミティヴなグルーヴとでもいうか。

 

ともあれ、どちらかといえば、

「FAMILY AFAIR」のクールなグルーヴや、

ポップセンスが取り上げられがちのスライですが、

(確かにそれもそうなんですが。)

そんなスライの熱こそが音楽史に刻まれたものなんじゃないかというのも、

私の思うところになっています。

 

(どうでしょ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

「Ⅰ WANT TO TAKE YOU HIGHER」(1969)

 

 

 

 

ラリー・グラハムといえば、私は耳にするのは、

スライ&ザ・ファミリー・ストーン在籍時の録音ぐらいなんですけど、

ひとまず、その頃にスラップ奏法を披露し、

その第一人者として有名だったりもするベーシストですね。

 

いわゆる、チョッパーってやつです。

そう考えると、革命的な存在だったってことでしょうか。

以後、ベースと言えばチョッパーというぐらい、

「見せ場」にもなる奏法だったりもするわけで。

 

ギターで言えばライトハンド…とはちょっと違うか(う)。

同じ、弦を叩きつけるでも、

打楽器的に弾くことでリズムやビートを作る弾き方ですよね。

(どちらも、そういうピンポイントの技(一発芸)っぽい形で

演奏されることのあるものなんだけど。)

 

この点、清志郎が、ひところ、

最近のベーシストはすぐチョッパーしたがる、

とか言ってたような覚えがあるところ、

どっちかというと、否定的に言っていたもんですから、

私はそんな清志郎の発言に影響されて、

チョッパーをするベーシストを毛嫌いしていた時期もあったんだっけ。
その後、本家のスライを聴くようになったりで、

一目置くようになるんですけど。

 

でも、確かに、かっこよく聴こえるし、

見た目もカッコいいんですよね。

ギターでもちょこっとそんな弾き方を織り交ぜたり、

それでリズムを刻んだりしても、

「上手そう」に見えたりするし(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

マイルスさんの「マイシャ」を私が最初に聴いたのは、

アルバム「アガルタ」のライブ演奏のほうでした。

 

フルートのメロディの爽やかさは、

この時期のマイルスさんの音の中にあって、

本当に心地よく感じられます。

まあ、途中からエレキギターが主張しだしたり、

マイルスさんのオルガンの不穏な響きも加わったりで、

ぐぎょんぐぎょんした演奏を挟みながら、

最終的にはマイルスさんのペットを中心に展開していくんですけど。

 

で、少し遅れて、アルバム「GET UP WITH IT」の

スタジオ録音バージョンを私は聴いたところ、

こちらは、ギターのコード・カッティングが

心地いい録音だったりするんですよね。

そこに小気味いいパーカッションが彩りを付ける様は、

なんだか、ダニー・ハサウェイが頭に浮かんだり。

 

(とかいって、終盤、

やっぱりぐぎょんぐぎょんしたりするんだけど。)

 

この点、曲自体の良さは、

「アガルタ」のほうが分かりやすい気がします。

先述のフルートの音色は、本当に愛らしくて、

耳に残るものだったりしますし。

 

個人的には、フルート演奏でパッと思い出す曲に、

この曲があるぐらいですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「MAIYSHA」(1974)

 

アガルタの録音は1975。