母が脳幹梗塞になった
実は翌日は 私が脳幹梗塞発症後9年目にして 初めて装具を着ける日だ。
今年3月 退院後に発症した手の神経痛の薬を貰いに行ったら 診察室に見知らぬ人達がいた。
私は 基本処方箋を貰うだけだから?と思っていたけれど
(大学病院だから 見学の人かな)くらいに受け止めていた。
いつもの話の後、診察室を歩くように言われて 何往復か歩いた。
すると装具を当てられて「これで歩いてみて」。
長時間歩く時に支えがあった方がいい
と先生が装具を準備してくれていた。
その後 装具屋さんの説明を受けたら
「今の歩行を見たら 本当はもっと長くてしっかりしたものの方がいいと思いますが 最初はこれから慣れていけばいいですね」って。
ちょうどその頃 立ったり 歩いたり・・・がものすごく不調で デイサービスの体操でも以前できていたことがいくつかできなくなっていたり、スリッパで歩くことは無理でも 手を使わなくても立ったまま靴を履けていたのに
気づいたら椅子に座って足を持ち上げなければ靴を履けなくなってた。
8年前。
リハビリ病院の私の担当は主治医を含め4人とも若い女性だった。
中でもPTを担当してくれたのがクールビューティな彼女。
その彼女が勧める装具を嫌がったんだよね。
譲歩して足首固定の為のベルトみたいな軽いものでも拒否した。
しっかりした装具も ベルトでも歩いた時の違和感が酷くて。
結局 足首の可動域で「装具無し」を認めて貰って退院した。
なのに 今頃 装具?
しかも 短いとはいえ ベルトより完全に装具じゃん!
自分の機能低下を棚に上げて 「装具は負け」って思っている自分も忌々しい。
機能低下は自分が怠けた証拠だってわかっているから
負けなのは装具を着けることじゃなく 装具を着けることになった自分 なんだよね。
・・・認めたくなかった・・・。
私の発病も装具も 今は 本題とは逸れるのでここまで。
紳士用の夏のサンダルとデザインが近い私の装具を受け取り、それを着けたまま いつもの処方箋は貰わずに 病院の建屋の外で弟の車を待っていた。
駐車場の出庫のブザーに紛れて 私のスマホに着信あり。
果たして 母の主治医の先生から。
「今日の昼頃 昨日より手に力が入らない、などの症状が出たので ペースメーカーの設定を変えてMRIとCTを撮ったら脳幹梗塞が見つかりました」
そう。
ペースメーカーが入っているから 当日のMRIが出来ないから それを含めて「入院して様子を見る」って言ってくれてた。
先生 ありがとうございました!
「はっきり所見が出たので 治療の中心は脳外科に移るけれど引き続き僕も診ます」
とも言ってくれた。
心強い。
「そのうち 脳外科の方からも連絡が行きます」って事で電話は終わった。
娘が初めて装具を着けた日が
母の 脳幹梗塞記念日 とはね。
私の病院からの帰り道 今夜は何食べよう・・・そんな事を考えて買い物のレジに並ぼうとしたら着信。
脳外科から。
「脳幹梗塞の説明をするから都合のいい時に・・・」
「1時間以内に着けます!」
外来の最終受付時間と被る時間だからOKが出た。
母は まだ脳外科の病室に移動はしていなかった。
ナースステーションに通され、説明を受ける。
脳のMRI画像とか見せてくれながら
前回までの脳梗塞とは種類が違うこと。
場所は脳梁の下にある前庭何とかって血管の1本が詰まっていたこと。 ← これについては全くのうろ覚え。 あっているかどうかもわからない。
遅れてたら 場所が場所だけに後遺症どころじゃなかったこと。
カテーテル とか手術は要らない、点滴で対応していること。
右側に少し麻痺が出ているけれど これ以上にならないようにするけどそうはいかないこともあること。
場合によってはリハビリ病院に転院もあること。
そのまま施設 とか 命の保証が・・・ とかの話じゃなくて良かった。
先生が好意で母に会わせてくれた。
本人は腕が重くて動かない とか言っていたけど 完全に動かせないわけではなさそう。
指も動かせた。
先生が 「舌の麻痺があるようだから飲み込みに気を付けて」って。
コロナで面会できないのはしんどい。
面会時間に誤嚥防止リハビリもできるのに。
リハビリ病院に行ったとしても当分会えないんだろうし。
でも そのまま家に帰る、施設に入る、じゃなくてリハビリ病院に行けるなら本当にラッキー!
ただ 残念なのは面会できないことだけ。
でも できることをやろう!
昨日 電話がかかって来て 明日 メディカルソーシャルワーカーさんと話をしに行くことになってる。
話し合いで気持ちが明るくなれたら嬉しい。
少なくとも 今病院にいること
リハビリ病院に転院できること
どっちも母が今までみたいに家にいるよりずーーーーーっとまし!な事に変わりはないんだから。
なぁんだ。
希望しかないじゃん!
明日の心配は明日すればいい
母が脳幹梗塞になった
病院から帰る道すがら 長男である弟に電話してことの次第を告げた。
この弟には前日からの母の不調は伝えないでいた。
昨夜からの不調と救急の診察結果 そして主治医の判断。
検査結果と主治医が引き受けてくれたことでひとまず安心してくれた。
そして 今夜の食事はお寿司だよ♪
母が脳幹梗塞になった
ようやく 診察室に呼ばれた。
担当してくれたのは若い女医さん。
「熱中症かも」と言う事でしたが 尿も血液も異常な数値は出ませんでした。
ペースメーカーも入っているし 脳梗塞も経験があるという事で そちらも調べましたら やはり異常がなかったです。
そうなると治療する指標がないんですよね。
どうします?
たとえ入院したとしてもすることがないのでただ寝てるだけになっちゃうんですよね
「でも 立てなかったら自宅まで運べないんですけど・・・」
「介護タクシーだったら自宅まで運んでくれますよ」
看護師さんが 価格の見積もりとかも取ってくれるって言ってくれた。
「(母の)年齢と現状からみて これからこういうことが頻繁に起こるでしょうから入居できる施設とか探した方がいいと思います。 訪問看護を入れるとか」って提案も受けた。
認めたくないけれど 外から見たウチの現実なんだろうと思う。
「じゃ 介護タクシーの見積もり頼んできますね」
「することがないんじゃ 帰るしかないんですよね・・・」と何度か同じセリフを繰り返すのみ。
そのうち「主治医がもう少しでこちらに到着するんで連絡します。しばらく外でお待ちください」
どうしようか困惑したまま 待ち合い所に戻る。
しばらくして 診察室に呼ばれた。
主治医の先生の姿は見えないけれど さっきの女医さんが
「主治医の方で様子をみる、と言うことで入院になりました」
よかったぁぁぁ。
「じゃ 介護タクシーはいいんですね?」
看護師さんの声が聞こえた。
母が入院準備で救急の診察室を出た頃 主治医の先生が来てくれた。
「検査の結果には出ていない 軽い熱中症や脱水症状はあるかもしれません。 このまま返しても またすぐ同じことになったら家族も大変でしょうから 僕が様子をみます。 何か良くないことがあっても早く対処できますし」
若くって 坊っちゃんって呼んでしまいそうなかわいらしいその人は私たちにそう言ってくれた。
その後 入院に関する説明とかを受けて 本来ならコロナで面会禁止の所をメディカルソーシャルワーカーの人の付き添いで母に会うことができた。
わかってるんだか わかってないんだか いつものように鼻の下を掻いている母がベッドにいた。
「手が重くて上がらない」
なんて言いながら。
母に 主治医の先生が母を入院させてくれたこと、コロナで面会できないことなどを軽く説明して別れた。
入院説明の時に介護の話、ケアマネとかの話の時に
「(この入院の期間は)介護のおやすみ時間だと思って休んでね」
って言ってもらった。
よく聞くセリフだけど 自分の立場で本職の人にかけてもらうのは 救急司令の「もう向かってますから」と同じように心に届いた。
良かったね。
ひとまず安心できたね
そう言い合いながら 病院を後にして
母の定期検診の時と同じように いつもの店で食事をすることにした。
帰り道にある 廻るお寿司屋さん♪
ナマモノが苦手な私たちでも気軽に入れるから たいてい検診帰りはここに寄る。
今日は 縁起をかついでここにしよう。