セルフイメージが、周りからの見え方に繋がり、事実になるってご存知でしたか
先日鏡を見ながら、私ってなんて可愛いのかしら
可愛い可愛いって言ってみました
ちょっと痛いですが。。。
確かに歳をとったし、白髪も解放しちゃったし、可愛いってなんぞっていう年になったのかもしれませんが、それでも私にとってはかけがえのないわたしだと思います
誰かに何かを言われたとて、私にとってはとても可愛いわたしなのです
なんてことを思いながら、外出しました
すぐにタクシーに乗り込んだところ、運転手さんが、べっぴんさんと呼んでくれるのです
気持ち悪い感じとかではなく、自然にべっぴんさんべっぴんさんと言われて、あーセルフイメージって凄いなぁと思いました
セルフイメージ通りに物事は進んでいくのだと思います
例えば、私にはこれは高級すぎるから買えないというイメージが浮かべは、そのような買えない程度の暮らしになり、この服わたしにピッタリね、よくお似合いと思えばよく似合うのです
あの人はわたしに嫌味ばかりいうというイメージを見ている間は、嫌味ばかりいうし、ふと、同じあの人は、存外優しいのねと、優しくされるイメージを見ていれば、存外優しいのです
世の人はなんだか優しいなぁというほのぼのした感覚があれば、大体みんな優しいし、たまに苛立たさせられても、こんな人もいるんだ!びっくり!と、そっちが不自然!となるのです
美人さんだけ探せば、他にももっと美しい人はいるのに、なぜかこの女優さんは人気があるなぁとか、イケメンなのか分からない微妙な感じだけど、この俳優さんは売れているなんていう場合も、セルフイメージのなせる技だと思います
人にどう言われようと、わたしはとても魅力的で美しく、人に感動を与えるお芝居をしているという感覚があれば、見ている人はとても感動を受けるのです
基準が自分なのです
なにせ曖昧だらけのこの世の中です
はっきりとした定義はありません
だからこそ、何にでもなれます
ある時、知り合いのデザイナーさんが、
わたしはわたしが完璧だと思うものを提供しているのだから、それは完璧なんだ、それ以外の選択肢はないとおっしゃっているのを聞きました
それもまた、高いセルフイメージだと思います
そういう感覚がご自身にあれば、そのようになり、人を感動させたら喜ばせたりできるのです
セルフイメージは、潜在意識とも関わりがあると思います
そこにある設定が、イメージを見せているように思います
でも、そのイメージを見た時、あ、これは思い込みだなとか、これは見させられているものだなと気付けるかどうかが大事だと思います
自分の世界は自分で作っていいのです
これは私らしいかな?とか、これは自分らしい振る舞いではないとか考えてしまうことがあっても、それこそセルフイメージに囚われている証ですので、私らしいかどうかよりも、どうありたいかを大事にしていくと、もっと素敵なご自分に出会えるはずです
だって、その枠を作ったのはご自身です
ならばその枠を壊すことも出来るはずです