“レッスン”の難しさ、人が人にアドバイスする難しさと、それを越えるコツについて考えています。

その子のベストな演奏を聴かせてもらった後、さらに上達するための“アドバイス”をするのが私の仕事なわけで。

でも、その子にとってみたら、満足に弾けた後、一旦先生に褒められて、でもその後にはアドバイスという名のダメ出しされるわけで。

そりゃ、納得できないよなあと。

(もちろん、信頼関係を積み重ねていって、ある程度の年齢(小学校に上がるくらい?)になったら、アドバイスをするこちらとそれを受ける生徒ちゃんとのコミュニケーションがスムーズになっていくものなのですけど。)

で、こちらが言う言葉そのものは同じでも、こちらの意識がどんなものかで、伝わり方は全く違うんだろうなと、今日レッスンしてて思いました。

たった数年を生きてるその子も、私も、人としての重さ、価値、輝きは全くの対等で。

もちろん、年齢を重ねると、色々と磨かれますよね。

でも、存在そのものの価値に、年齢や経験は全く関係ないわけで。
つまり、演奏のコアな部分の価値も、優劣をつけられるものではないわけで。

なので、こちらの意識が

①「ここはできてるけど、ここはできていない。なのでここをアドバイスしよう」

という視点と

②「こんな音出してすごいな」

という視点…
言葉にしにくいけど、一緒に楽しむ、共同創造、みたいな雰囲気かな?

というのは、こちらの気持ちとして大きく違うわけで。

そういうフラットな感覚を大切にしよう、と今日のレッスンの途中に意識を変えてみたんです。

そしたら、その子の顔つきが、急に変わったんです😳

子供って、大人の傲慢さとか、型にはまる怠惰さとかを、敏感に感じてるんだなあ!と、改めてびっくりしました😳

うーん、微妙な違いなので、言語化が難しいです〜😅

さて、レッスンの話はこんな感じでまとまりませんが、農園はこんな感じになってます✨
そして収穫の時期がよく分からないです😆

ししとう、もうちょっと待ったらもう少し大きくなるんやろか?

トマトも、完熟になってから収穫したいけど、完熟かどうか、よくわからないよ〜🍅
いつ食べたらいいのだろう〜?