みなさんこんばんは〜🌙
昨日、自分が持ってる葛藤を許すことについて書きましたけど、具体的にどういうことなのか、残しておこうと思います。
では、わかりやすい(かな?!💦)過去の事例をご披露いたしましょう
2年前、私はファーストアルバムの制作のために、収録曲(どれも超名曲なので、自分がどう弾きたいか分からないと、なにも弾けない、誤魔化しのきかないラインナップになってしまっていました。。。)に向き合う必要がありました。
その中の一曲に、私が苦手な、とても闇の深い、怖さを感じる曲がありました。
※その頃は、楽しい曲、希望のある曲が好きでした
そもそも、私は、人からのアドバイスを取り入れることはすごーく得意な人間で、特に尊敬してる方から
「こう弾いたらいいよー」
と言われたら、わりと、すぐできるタイプです。
なので余計に、こんな怖い曲を、しかも誰かの真似ではなく(自分のCDだから、誰かの真似はしたくなかった)、自分で弾き方の答えを出さないといけない。
怖さに直面しないといけない?!
この曲、希望がないんですけど?!
となりました。
まあ、色々苦しい試行錯誤があり、ある人のひょんな一言がきっかけで、怖い曲も、いっちょ、バンジージャンプを飛ぶように、弾いてしまえ!えい!!!!
という時があり、(今でもその感覚をよく覚えてます)、怖いと思っていた曲は、勇気を出して感じて弾いてみたら、なんのことはない、美しく感じて好きになれた、、ということがありました。
とまあ、ざっくりご説明するとこんなことです。葛藤に向き合って、許すということ。
(ちなみにここでの葛藤は、自分で自分の弾き方を決められない弱さや自信のなさ、と、希望がないことそのものへの恐怖、ですね。)
別に、さあ、葛藤に向き合うぞ!と決めていたわけではなく、やむにやまれず取り組まざるを得ないことがここ数年続いたんですね。
いや、今でもあるんですけど😅
コロナ期間で、家に居る時間がすごく長いので、こういう日記が書きたくなるなあ
あ、ヴァイオリンもちゃんと弾いてますよ
自分にがっつり向き合うことは、人生のどこかのタイミングで必要になるのかもしれませんね。
人によるのかもしれないけど…
ベランダ菜園、妙に楽しいんだよねえ〜🍅🍅🍅
