すみません・・・。

いつもマニアックな史跡めぐりにおつきあい

いただきありがとうございます。


奈良は大きな神社仏閣がすごいのですが

小さなお寺、道ばたの草石までもが、

やっぱり、すごいのです!

それで、今日も・・・、

だれも観光客のいない・・・お寺、

歌聖「柿本人麻呂」ゆかりの地をご案内します。


「柿本寺跡」


石上神宮から、山の辺の道を

奈良市に向かって北へ20分程、治道の森に

「柿本寺跡」があります。

車では、国道169号線を櫟本、

和爾下神社(わにしたじんじゃ) の参道の奥。

昨日の興福寺のにぎわいとは うらはらに。。。

私一人・・・山道をたどると・・。


柿本寺跡!


「柿本寺」は柿本氏(かきもとし)の氏寺です。

柿本人麻呂は「万葉集」でも有名な歌人。

ここに歌聖「柿本人麻呂」の遺骨を 葬ったといいます。


歌塚 (歌神の石碑)

「のぼり」には「歌聖柿本人麻呂神社」

と染め抜かれていました。

手をあわせます ねがい




人麻呂像

やさしそうなお顔



「六カエル」が人麻呂蔵をお参りしてる!

蛙と人麻呂? どんな関係が?



歌塚からさらに、奥へ・・・森閑とした杜の中。

ここは、和爾下古墳の頂上!

そこに、「柿本寺跡」が!


「大和国柿本寺跡」の看板見つけました!

シーンとして、何やら怖い。

蚊にさされながら・・説明書きを読みました。



大きな一枚岩のみ!

これは、古墳の天井石だったようです。

「柿本寺跡」に岩一枚名残を留めています!

畳二畳くらい! 巨岩 

どうやって運んだのだろう!?




「文化財を大切にしましょう 有岡」

という看板が立っていました。

地元の郷土史家の有岡さんという方が、

この史跡の保存に尽力されたそうです。


作家の「井沢元彦さん」は、

こんなことをおっしゃっています。


『柿本人麻呂は ナゾの多い人でした。

政治的には非業の最期をとげ、

処刑にされたそうです。

それで、亡くなった後に、「歌聖」として祀った』

  

 えー!? ( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚


明日10月15日は、石上神宮の 「ふる祭り」

天理市はお祭りでにぎわいます。


物部氏と和爾氏の勢力の境に

柿本氏の住居があります!

柿本氏はどんな役目を果たしたのでしょう?

石上神宮を守っていたと聞きますが、

どんなかかわりがあったのでしょう?


スミマセン。今日はとりあえずココまで!


もう少し、調べてみますね!