石上神宮 続編
石上神宮 と 柿本人麻呂
森閑とした杜の境内・・・石上神宮
大鳥居の手前に 柿本人麻呂の歌碑 が建っています。
をとめらが 袖布留山の
瑞垣の 久しき時ゆ 思ひきわれは
万葉集に載っています^^
意味
~乙女達が男のプロポーズに 袖を振ってOK!した
神代の昔から 僕は君を愛し続けていたんだよ!~
でしょうか?
こんな情熱的な歌 を詠まれると
女はうっとりしたことでしょう!
![]()
さすが恋多き人麻呂さまですね。 ![]()
ところで、柿本人麻呂・・名前
柿(カキ)は 瑞垣(ミズガキ) に通じます。
きっと、柿本人麻呂は、
石上神宮の瑞垣を守る役目を担っていたのではないか
と言われてもいます。
歌の神様、柿本人麻呂は
物部氏との関係 が深い人だったのでしょう。
もともと物部氏は日本に仏教が入ってくる前から
神への祈り・呪術などによる日本(ヤマト)の神道の
大本締めだったようです。
「歌」 というのも、もともとは「うったう」からきていて
神に祈りを捧げる時の祝詞:「うた」からきている・・・。
万葉集に柿本人麻呂の歌が多いのもうなずけます。
大化の改新で 蘇我氏に敗れ、聖徳太子により
仏教が広められるようになり、物部氏は劣勢に傾きます。
布留川の里、石上神宮の勢力圏は
「布留郷(ふるごう)」 と呼ばれ、
物部氏の一族が隠れ住んだ村が今も多く残っています。
天理:布留郷は 祈りの地 だったのです。
ここを天の地場とする 「天理教」 が発祥し
世界に信仰が広がったのも、
歴史的な意味合いが 大いにあったんですねぇ!
うなずけます。
「神杉」 (かみすぎ)
境内には、しめ縄で結界された大杉が2本あります。
万葉集:柿本人麻呂の歌
石の上 布留の神杉 神さびて
吾やさらさら 恋ひに 遭ひにける
意味
~石上の神が宿る神杉が神々しい。
さらに深い恋に出逢いそうだなあ ~
杉の木までが 美しい恋の予感 を感じさせてくれる!
昔の人のおおらかな恋の歌です!
男と女、神と人、自然と人・・・
すべてのものの交歓は、魂の出逢い!
「うたう」ことにより、出逢い、交歓が成就したのでしょうか?
神も人も自然も・・生き生きしていた昔・・
石上神宮を訪ねると
現代の私たちが忘れてしまった ![]()
豊かでみずみずしい時間を体いっぱいに感じます。
あなたも ステキな恋に出逢えるかも!?
![]()



