9月14日(明日)、仲秋の名月の夜。
奈良、采女祭り(うねめまつり) があります。
奈良時代、天皇の寵愛を失った 采女 (天皇の世話をする美しい女官)が
世をはかなんで、猿沢の池に身を投げました。
この采女をとむらうために「采女神社」がたてられ、毎年仲秋の名月の夜
行われるものです。
猿沢の池には、竜頭船(りゅうとうせん)がうかび、雅楽が演じられます。
池に月、美しい采女(ミス采女)、雅楽の楽人たちが
船にのりこみ、池を回ります。
とても優雅で古風。
時代をスリップさせたような光景です。
機会があればぜひ見学に行ってみてください。(=⌒▽⌒=)
さて
ちょっと、マニアックなお話ですが・・・。
「日本書記」 に書かれていることです。
(あまり知られていませんが・・・)
雄略天皇 13年(469年)、歯田根命(ハタネノミコト)が、
采女の山辺の小嶋子(やまのべのこじまこ) と
関係をもってしまいました!!! ヽ(*'0'*)ツ
雄略天皇は大変怒り、
ハタネを 物部の目大連(めのおおむらじ) に
あずけて詰問し、厳しく叱責をしました。
罰として、ハタネは 馬8匹、刀8本を提出してわびました。
そこで詠んだ歌です。
「 山辺の小嶋子ゆゑに 人ねらふ
馬8匹は 惜しけくもなし」 (ハタネ)
意味: あの美しい山辺の小嶋子のためならば
馬8匹ぐらい惜しくはないなあ。
天皇のお側の女性をねらうなんて、
ハタネはすごい恋をしたものですね!
ハタネは罰を受けても なお小嶋子が気にいっていたようです!
すごい 魅力的な女性だったんでしょうねえ。
みんながねらってたんだから!
それにしても、馬8匹の罰 というのもおもしろい!?
雄略天皇は、暴君ネロのような天皇だったといいます。
美しい采女を ハタネにとられて
怒りまくったのでしょうね。
ところで、その後、小嶋子はどうなったのか?
残念ながら、日本書紀にはこれ以上書いてありません。(ノω・、)
心配です・・・・。
どなたか、采女小嶋子の運命をお知りの方、教えてください!
この小嶋子の出身が、現在の 天理市小島町だといわれています。
今日は 小島町を 自転車でまわってきました。
途中、きれいな若いお母さん2人にお会いしました。
おー 美人!
さすが小嶋子の出身地、小島町!!
今は小さな村ですが、この田舎の地に
昔、采女小嶋子が歩いていたと想像するのは、
とっても ロマンチックでした!
村の入り口にはお地蔵さまが守っておられました!
ちょっと
小嶋子を想像して描いてみました。
(*´σー`) こんな感じかしら?
天皇に仕える 采女の人生は
華やかだったのでしょうか?
はかなかったのでしょうか?
なかなか興味深いです。
明日の采女祭り、
夜7時。時間ができたら行ってきますね!
(‐^▽^‐)

