「もう一度、観たくない?」
急に横に座っている彼女がそう言った。
「なにを?」
僕はなんのことなのか分からないままに聞き返していた。
窓の外の北風は少しだけ弱まったような気がした。
「ほら、あの映画。えっと、何て言ったかしら」
「それじゃわからないよ」
と僕。
「ほら、最後に女の人が、水兵さんに抱き上げられて終わる。。。」
それから思いつく映画は、僕の少しだけのコレクションの中ではただ一つ。
「『愛と青春の旅立ち』」
僕がそのタイトルを言い終わる前に彼女は
「あ、それ」
と嬉しそうに目を細めたり、まるくしたり。
そんな彼女の表情を見ると、ほっこりした心が
(でも、水兵さんではなく、海軍航空士官だけどね。)と野暮なことは
言うなと、囁いた。
「さ、もう行こうか」
「そうね」
立ち上がった彼女の背中に、彼女の横に置いていた青いコートをそっとかけた。
そして僕たちはまた、店の扉を押して優しくなった風の合間に歩みだした。
ジェニファー・ウォーンズの歌いだしから始まる『愛と青春の旅立ち』のテーマ曲、
「Up, Where we Belong」は、ジョー・コッカーの印象のほうが強く感じたけれど、
ジェニファー・ウォーンズのそっと寄り添うような歌声が印象的だと思う。
そして僕は今、「Famous Blue Raincoat: The Songs of Leonard Cohen」を聴きながら、ふと昔の記憶に
微笑んだ。