やがて、お素とお直が小梅の母親にそうしてくれるように頼み、その説得に厳堂先生やその娘ふたり、文子先生や紗綾子先生が加わり、その結果、小梅は午前中だけであるが、朋信堂に通うことが出来るようになった。
そして、お素の言葉通りにその店、朝日堂は子供たちの溜まり場になった。
朋信堂に通うのは貧家の子供とは限らない、以前通っていた手習い所の師匠や手習い子と合わずに移ってきた子も多いのだが、そんな子たちにお素とお直が命を飛ばした。
”以前通っていた手習い所にお大尽の子がいるだろう、そんな連中も小梅ちゃんの朝日堂に集まるようにしろ!”と命じたからだった。
その結果、かなりの子たちが手習い所が引けてから小梅ちゃんの店に集まり、飴玉を数個、あるいは十数個買い求め、自分の口中に放り込む同時に、無一文の子たちにも分け与えるという習慣を根付かせたのだった。
それは、朋信堂を牛耳っていたお素とお直がそう触れを出した結果だったのだが……。
そして、二か月後、小梅がお素とお直のふたりにためらいつつこう口にした。
『お素ちやんとお直ちゃんのおかげで店もまずまず繁盛して、あたしも朋信堂に通えるようになって申し分ないんだけど……』
『だけど、何?』
小梅のためらい口調に気が付いたお素がそう問い質していた。
『あたしと違って手習い所に通えない小春ちゃんに悪くて……』
『小春ちゃんって、誰?』
松藻斗のやや外れにある駄菓子屋の娘、それが小春だった。
小梅と違って、父親はいたが行商の最中に山道から転落して足を折り、あまり働けなくなっていた。
それに加えて母親は病弱、妹たちは幼くと、そこは小梅と符合していた。
『はじめは同じ手習い所に通っていたんだけど、あたしと同じ理由でそこを止めた小春ちゃん……。出来たら一緒に朋信堂に通いたいの……』
『そんなら、奇の日は小梅ちゃんの朝日堂、偶の日は小春ちゃんのくまやに通うようにして、五と十の日はそれぞれ好きな駄菓子屋に通うようにすればいいよ』
五と十の日を別にしたのは、数日前、お素が朋信堂の近くの駄菓子屋のおばさんに、あんたらのおかげでウチは商売あがったりだと文句を言われたからだった。
後に、搦め手廻り同心・氷室陽之進の晩酌をどちらの店にするかでもめた際に、奇の日はお素の店、遇の日はお直の店、五と十の日は同心小路の役宅でと落ち着いたのは、この駄菓子屋の日替わり選びに倣ったせいだったのである。
『だけど、いいの? そうすれば小梅ちゃんも小春ちゃんも一緒に通えるようになると思うけど、小梅ちゃんの店の売り上げが減ったりしたら……』
『べつにいいわ。それでも前に比べたらはるかにマシだし、食べてもいけるもの。それより、小春ちゃんと一緒に朋信堂に通いたいし、ゆくゆくは妹たちにもそうさせたいから……』
それは、お素とお直の二人がはじめて見る小梅の芯の強さだった。
やがて、小梅の店、朝日堂が見えてきた。
あ、あかまんま(赤飯)。
さ、桜餅。
ひ、干菓子。
朝日堂の名は、それらの売り物からくる店名だった。
特に、あかまんま(赤飯)の行商は、松藻斗と浅間の湯の名物であり、おおいに繁盛していたのだが、父親の怪我以来、寂れる一方であったが、それ以来、多少なりとも盛り返し、そして最近では、朝日堂とくまやでしか売っていないというくま羊羹のおかげで有卦に入っているようだった。
そんな朝日堂では、小梅の妹たちが、後かたずけと翌日の仕込みにかかっていた。
※ あるぷす同心捕物控 第三章 やっと亭改め……⑩ に続く。