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文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

After retirement, I enrolled at Keio University , correspondence course. Since graduation, I have been studying "Shakespeare" and writing in the fields of non-fiction . a member of the Shakespeare Society of Japan. Writer.

 

年内発行の本の制作に追われ、8月以降更新が滞っていたブログを再開します。「シェイクスピア研究」のまとめもやっと半分近くまできました。長い旅ですがしばらくおつきあいください。

▲RSC制作のDVDジャケット(2015)

Ⅱ 初期の喜劇

『間違いの喜劇』(The Comedy of Errors 

 初期の喜劇のうちどれが最初の作品か確かな証拠はないが、その一つのThe Comedy of Errorsは1593-4年頃書かれたと推定され、古代ローマのプラウトゥスの『メナエクムス兄弟』(Menaechmi)を種本に使い、Shakespeareの喜劇中最も古典的要素が濃厚である。

 この作品には、ラテン喜劇にはないような荘重さがかもし出されている。原作の精神を破っている今一つ重要な点はエドリエーナ(Adriana)の夫婦関係に対する態度で、彼女は嫉妬深いのではなく、妹のルシアーナ(Luciana)と違い、夫婦は「身も心も一体」と考え、家と家との財産の絡んだ結婚の上に君臨している男性本位を認めようとしない近代女性なのである。同様にシラキュースのアンテキフォラス(Antipholus of Syracuse)のルシアーナに対する求愛にも近代ロマンスの女性崇拝の片鱗がのぞいていて兄の結婚観と対照されている。……駄洒落の応酬のうちに示される下層階級の生活感は上流階級の人々の諸観念を現実に引き合せる役割を演じており、後年Shakespeareがいよいよめざましくその手腕を発揮する笑いを通じた現実認識のひな形になっている。

 離散した家族の合流、正常な結婚とその復元はすなわち無秩序からの“秩序の復元”であって、今後Shakespeare喜劇において一貫して探求されるのは最終的にはこの秩序である。

 

『じゃじゃ馬ならし』(The Training of the Shrew

 『間違いの喜劇』では影にかすんでいたが、エリザベス朝における求愛と結婚を主題として舞台にのせる試みが『じゃじゃ馬ならし』となって現われた。これは1594年に出版された冠詞だけが違うTraining of the Shrewを原作にして書いたのか、あるいは後者がShakespeareのを原作にしたのか、それとも二つとも今は失われている原作をもとにして書いたのか、様々な解釈が行われている。さらにまた、この劇はすべてShakespeareの手になるのかという疑問もある。

 エリザベス朝時代にはペトロルカ風[]の恋愛詩が盛んに歌われ、文芸においてはこれをもって求愛と求婚の一手段としたのであるが、現実においては結婚は中世以来ずっと家と家との結び付き、財産の力関係の上に成立するものであった。観客にもカタリーナにも彼女の屈服が男性本位による恥辱と映らないのは、彼女の最後の長いセリフにみられるように、夫婦のそれぞれの役目が認められ理解され、そこに戦って得られた愛の絆が二人を結わえているからである。ペトローキオとカタリーナの求婚と結婚は近代ロマンスの逆説的表現ということになる。

 

『ヴェローナの二紳士』(The Two Gentlemen of Verona

 おそらく1594年頃書かれたこの作品はビアンカ(カタリーナの妹)の求婚者に見られる類のロマンスをテーマにしていてShakespeare作品中最もロマンス色濃厚な作品である。種本はモンテマヨール(G. Montemayor)がスペイン語で書いたロマンス小説『恋するディアナ』(La Diana Enamorada)で、当時英訳があった。

 Shakespeareが二人の紳士の恋愛心理に与えた表現形式は当時の散文、詩、劇においてロマンスの常套的表現となっているものである(Ⅱ.ⅳ.125-32)。恋に陥った時の文芸上に現れるエリザベス人の典型的な症状と愛の神(Got of Love)の役割がよく出ている。

 ラーンスやスピード(Speed)には市井の生活が大地に根を下ろしている姿が躍動していて、Shakespeare自身が観察したと思われるイギリスの下層階級の人々の息吹が感じられる。対してプローチュースの描き方は恋の気まぐれを表現するというよりは、何か一時的情念を文芸の言葉で装飾している感じがあり、また一貫性を欠き、特に最後の改悛は、恋人の奇怪な譲歩ともども、突飛で不自然である。

 ロマンスの限界に対する作者の批判と視野がもたらす喜劇的主題はやがて『お気にめすまま』などにおいて深化するが、そのための素材そのものはこの劇にほとんど出揃っているようだ。ただここでは対立主題の混合が並列にとどまり、まだ融合していない。

 

『恋の骨折り損』(Lover's Labour's Lost

 宮廷人の中に、恋の諸相を一層洗練された笑いを通して展開する試みは『恋の骨折り損』となって現れる。1594-5頃に書かれたこの劇はおそらく宮廷人や貴族のために初演されたもので、リリーの宮廷喜劇や『ユーフィーズ』(Euphues)に見られるような修辞的技巧が全幕にばらまかれている。どの登場人物も駄洒落を飛ばし、比喩と奇想をもてあそんで言葉と戯れる。エリザベス朝の英語が今日の英語に比べて遥かに柔軟な点を大いに利用している。劇は機知問答の連続となり、言葉の一大饗宴と化している。

「頭の中に言葉の鋳造所を入れている」というこの男(アーマードー)も恋の愚かしさを表明しつつも、過剰な装飾を塗りたくった恋文を誇らしげに書く。彼は言葉に酔いつぶれている。

 恋人を女神と崇める恋の陶酔感、苦痛を与えるが故に恋を愚と判断する覚醒感、この当時の文芸に現れる常套的な両者の認識が交叉するところに主な喜劇味の効果が生じる。成熟期の喜劇と異なる大きな点は、8人の貴族の性格が画一的なところにあろう。

種本がないといわれているが、まだ発見されていないのかも知れない。執筆動機には当時の実際の出来事の文学論争にかかわるところがあり、それへの言及が多く含まれている。1578年実際にフランスの王女が母の使いでナバール王の宮廷に多くの女性を連れて訪問している。この劇同様に、実際のナバール王も学問や芸術の振興を促す学園を持っていた。一方、イギリスではケンブリッジの学者でありスペンサーの友人でもあるハーヴェイ(G.Harvey)と、グリーンやリリーの友人であるナッシュとの間に有名な論争が行われた。論争の一つは前者は学問を重んじ、後者は恋愛を含む世間での経験を尊ぶことを主張したことであった。アーマードーの小姓モス(Moth)はナッシュにあて付けたものであろうというふうに、人物やセリフにこれらを暗示する箇所が多くみつかる。学問と恋愛の関係についてビローンが言う。

From women’s eyes this doctrine I derive.(女性の瞳からこそ、私はこの教えを得るのだ)

……

  (Ⅳ.ⅲ.346-50)

 


[注] ペトロルカ;[1304~1374]イタリアの詩人。アレッツォ生れ。1313年から南仏のアビニョンで育ち,のち同地の教皇庁に勤め,やがてローマの名門コロンナ家に仕える身となった。佳人ラウラを知り,彼女への愛とその追憶を詩集《カンツォニエーレ》で歌った。この詩集は深く内省的な抒情によって近代抒情詩に大きな影響を与え,典雅な詩風は長く各国の詩人の手本とされた。ラテン語でも詩作を行い,桂冠詩人の称号を受けた。ボッカッチョと親交を結び,晩年は北イタリアに隠棲した。

 

クリップ

 

本論稿は、池上忠弘、石川実、黒川高志、金原正彦共著『シェイクスピア研究』(慶應義塾大学出版会)の大要をまとめたものです。私自身の学習を目的としたものですので、論文・レポートなどでの本文からの引用はお控えください。