㉘ なんたって『ハムレット』その6──ガートルードがあやしい | 文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

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After retirement, I enrolled at Keio University , correspondence course. Since graduation, I have been studying "Shakespeare" and writing in the fields of non-fiction . a member of the Shakespeare Society of Japan. Writer.

 

          ▲高橋惠子さんがガートルードを演じる(2023年)

 

 「ガートルードは前王の暗殺にかかわってはいない」──今日の国際シェイクスピア学界では、ガートルード無罪説が多数派です。その根拠の一つが彼女の居室でのハムレットとのやりとりです。

 

 家臣ポローニアスが刺殺された場をまのあたりにしたガートルードは、「ああ、なんと早まった、むごいことを!」とハムレットを難じます。「むごいこと──そう、母上、王を殺し、その弟と結婚するのと変わらぬ非道なことにちがいない」とハムレットは罵ります。

 

 ガートルードは「王を殺して?」(“As kill a king?”)と返すのですが、この言葉をもって王殺害の共犯ではないというのが大方の見方です。しかし、底なし沼に似た『ハムレット』の世界です。

 

 ガートルードは現王クローディアスとともに、ハムレットが仕組んだ前王殺しを再現した芝居「ゴンザーゴ殺し」をすでに観ているのです。

 

 ──劇中では、王が「わが命運もつきはて」たので、「わが身に劣らぬよき人を夫に迎え」るようにと王妃に望むのですが、「二度目の夫に抱かれ、口づけを許すは、亡き夫をもう一度殺すも同然」と王妃は夫への愛を誓います。さらに、劇中では王が午睡をとっていると、悪漢がしのび寄ってその耳に毒液を注ぎます。──

 

 クローディアスは、劇中の王が暗殺される場面になった時、突然、「あかりをもて、あかりを」と言って、その場から立ち去ります。一方、ガートルードは「いかがなさいました、陛下?」と異様に落ち着いた態度で問いかけます。この芝居で何が暴露されたのでしょうか、ガートルードは十分に認識したはずです。“前王を殺害したのは現王のおまえの夫である、おまえの再婚は前夫の愛を裏切るものだ”それがハムレットの本心・ねらいだったということを。

 

 ハムレットの、剣で刺すかのような嘲罵に、ガートルードが発した「王を殺して?」の一言には、前王殺しに加担したことを息子ハムレットに知られ、それを隠し通そうとする心の動きが反映されているように思えるのです。どうみても、ガートルードがあやしい!