昨日、友達と合って話しました。小学校からの友達で、すごく自然流を極めた人です。私も負けないようにと思ったけれど、友達の生き方のほうが、風まかせの自然流だから、羨ましい気持ちもあるし、何か複雑でした。
食に関しての感心が深くて、自分でこうと思ったらつき進む、なかなかできない行動派です。私もそういう自由人のところを見習いたいと思いました。≧(´▽`)≦
友達とは、小学生のときからの友達で、もちろんクラスメイトになったときも何回かあります。中学のときには、いろいろ男の子も混じってグループ交際、よく石神井公園で缶蹴り遊びをしたり、豊島園に入ってジェットコースターを乗り、いろんな思い出のある友達です。中学の頃って、意外とシャイだったりするので、男の子と遊ぶなんてことを、むやみにできないぐらい意識していた年代、友達のお陰で楽しませてもらいました。(o^-')b
中学生活のいろいろを思い出しても、もう数十年前なので、全然名前が出ませんが、結構好きだった男の子のことは、今でも覚えているものです。年齢ばかりが先走って、精神的な部分はそのまま、少しは成長したのかなと、思える感覚、微妙な年代にさしかかったかなと話しました。だけど、思い出は思い出です。過去の時間は崩れません。そんな宝になった時間を語る友達がいるのは、すごく嬉しいことだなと思いました。
友達は、すごく将来のこともしっかりと計画を立てて、崩れない精神を持って進んでいます。私は? と思ったとき、意外に体調やらメンテナンスだらけだから、将来という文字が眩しくて、そして自分の好きなことに向かっていないことにも気づかされました。
修正してくれる瞬間て、過去の自分だったりするから、中学の頃の私と出会ったら、結構きついことを言われそうな気がします。あの頃大好きだった男の子も現在は、きっといい男になっていると信じているので、将来、出会ったとき、「素敵な女性」と言わせるためには、今を脱出しないといけないねと、笑いながら語っていたら、夜になってしまったのです。
家では、子どもたちに夕食の準備をしてあったので安心して遊びに出ました。(*^_^*) 意外な思い出話に花が満開でした。みんな元気かな、素敵な大人をやっているかしら? 夢実現している人もいるかもしれない、そんな空想が心地よかったです。
思い出の時間、慕ってばかりもいられません。現在の自分を何とかしなくては、目を覚ましてくれてありがとうと友達に感謝です。(^◇^)