先日、母親と久しぶりに再開、母親の入院した病院に付き添いました。車椅子と小さい身体…でも顔色は明るかったのと…友達が出来て嬉しそうでした。


今日は、主治医から入院後の経過と、そして今後の課題が出てきました。それは母親にとって未来の選択です。体内の下半身に1センチのポリープが見つかり…取るか否かでした。


体力があり、バリバリ元気な姿なら取る決断もできたけれど…体力のない母親とやっと笑顔になった姿に、節目という選択を迫られました。


きっと、健康体なら取る事を決断すると思う。悪性になりつつある大きさを目の前に、キョトンとしている顔と小声で「また…入院するの?」聞く不安な顔を見せた…


私の他に母親の体調を知る人はいません。私が母親の身体の不調、要介護4、もう足も歩けない…昨年より体重が10キロ以上減…そして入院…やっと落ち着いてきた矢先に…いろいろ頭によぎりました…


主治医の先生は、母親の体調を見て取らずにそのままの方がいいのかもと伝えてくれます。取る処置をするには2度の入院と、処置に伴う大量の水分補給…血液不足、先日の入院の時、ストレスでせん妄を引き起こし、先生方も注意が必要との連絡をもらいました。せん妄の記憶なし本人覚えていません。


高齢者にとって、医療処置はその時の体力勝負です。その後の経過も失った体力はそう簡単に戻せない。下血、食欲低下、寝たきりになる事もある。上手くいっても、体力は難しく戻しずらい…


母親と話し合い、見送る覚悟を選びました。


今現在、施設で笑顔でお友達と接する姿を大事にして、訪問医療の先生と施設のヘルパーさんにお願いをしました。主治医の先生からもお手紙を書いてくれています…


この決断は、いいのかそれとも…3年後どうなるのか…誰にも分からない。ただ、ただ元気で穏やかに暮らして欲しそれだけです。誰でも歳を取る…医療の選択…これまで考えた事なかった。


母親には勉強させられっぱなしです。今の体力維持と笑顔で、ポリープに負けないで欲しい。私は無力だな…とつくづく思い考えさせられました…


また、母親に会いにきます!頼まれた腕時計、冬用の衣類と…また…可愛い母親らしい柄探さなきゃ…私も前を歩きます…

久しぶりの私のトーク…です!

2026年後半に入り…環境が大きく変わる…それはとても貴重な節目を今年の5月から体験となりました…


母が6月下旬より施設に入り長く住んでいた…あの家を退去する運びとなったのです…✫✫✫思い出は人それぞれで…私はその家で産まれました。。。幼い記憶、小学校、中学校とそしてその後…幼馴染と語った場所もなんとなく思い出を懐かしみ、片付けしながら記憶をなぞりました。。。🌙


小学校1年の時に、おじいちゃん(父方)が…そして約22年前父親はこの家で最期を終え、その時も私が立ち会った…記憶には姉弟との喧嘩、仲良く賑やかだったこの部屋…もうこの部屋には何も無くなり業者によって撤去されました。勿論アルバムや貴重品は、姉と取りに行きましたが、この家を離れて数十年…若い多感な年頃の思い出が強く…取ってある通信簿を見てホロ苦い思い出に姉と会話に花がさいた。


母親は、要介護4…認知症もあり、自身の身の回りが出来ない、歩く事が難しい、排泄問題もあり、訪問介護ヘルパーや沢山の方々の手伝いを初めて受けてくれた…


今まで何度も訪問介護やヘルパーの話をしても首を縦に振らない…でも今回は、黙って受けてくれました。母親の友人が病院に搬送されたからです。


母親と私の約束、「足が動かなくなったら、私の言う事聞く病院に行く、介護を受ける」…その時がきました。


母親と私の関係は、月に1〜2度母親と会い、金銭面の面倒と体調の見守りです。これまでも入院騒ぎあり、リハビリで通院もした…何度も喧嘩してブチギレてイライラも数え切れない……けど今回は違いました。


施設に入り数日後、母親の体調が悪く緊急入院になりました。無事1週間で退院です。


退院の日、私は体調が悪く娘にお願いしました。施設に戻った時、娘が母親の姿をLINE画面で見せてくれて会話も出来ました。その時に言われた言葉が私は忘れないと思う。


母親「〇〇〇ちゃん、沢山いろいろありがとう。ばあちゃんの家はここ(施設)無事帰りました。もう心配しないで下さい。身体に気をつけて下さい…」車椅子から必死に言うはじめて聞く敬語です。認知症で会話がズレまくる中での私とのやり取りでした。


沢山いろいろあったけれど…母親とのやり取りと姿に『敵わないな…』と感じました。


いい親とか、悪い親とか世間の見る角度は違う。他の姉弟と違う事は、直接見て、ぶつかって笑ってという日々を私が知る母親の姿、老いてくる親の姿を見てきて、生き様を見せられているようで…それは私の記憶の中に確実にあります。母親の認知症…母は忘れてしまうのかな…?寂しさもある中、私の中のこれまでの葛藤が静かに収まった瞬間でした。


施設には顔を出します。私も足の負傷と坐骨神経の治療に入ります。相方もいて環境が大きく変わり、これまでと違います。


今までとは違い毎月は難しいけれど……相方と新しい風を届けに行きたいです。親に敬意を込めて。。。いつまでもお茶目な母親でいて欲しいです!


夕方の真っ赤な空に影…最近雨模様が音を立てる…夏の到来だね…モクモクの雲の団体を見て…過ぎゆく昨日を思い出した…


心の道


笑った顔が思いつかない

いつから無表情になった?

続けてため息と肩が揺れる

そういえば私の顔久し振りに見た

一生懸命…これが?違うよね


流れる日々に感情が

なかなか追いつかなくて

泣く暇もなく働いていた

だからかな?私の顔が

泣く手前で止まっていた


普通を無理矢理演じた

悲しくないと飲み込んだ


後ろから追いかけられる

振り切るまでまだ続く道



恋してたら良かったかも

好きな人思い出すと緩む心

けれど今は誰もいないから

寂しさを心にしまって鍵かけた

私の大事な時間は終わり


太陽に照らされ映る黒い影

交代しようか囁きかけた

私を楽しませて欲しいと

黒い私に問いかけても

同じ方向に首が傾くだけ


忘れる事は簡単じゃない

薄れるように誤魔化した


私は強いからと何度も何度も

つぶやいては…身体が大雨


普通を無理矢理演じた

悲しくないと飲み込んだ


後ろから追いかけられる

振り切るまでまだ続く道