去年の8月21日、
私と娘と夫で、千葉で紹介された福島の病院に行った。
12時20分からのPET検査に間に合うように
11時半までに病院に行くことになっていた。
いい治療法が見つかった。やっと治療が始まる。
希望の光が見え、期待に胸膨らませ、
埼玉から外環と東北道を利用し、
娘と運転を交代しながら病院に向かった。![]()
この日までに、夫の左目はさらに見えにくくなっていた。
いくつかの検査をして、結果。
腫瘍が目の神経に付いてしまっている。
この状態で陽子線をあてることは出来ない。
腫瘍を小さくしてから陽子線を当てる形になる。
しかしそのようにしても、左目のみならず、
右目も見えなくなる可能性があるとのことだった。
つまり左目はもうだめだが、右目も危ない状態にあり、
命を救うか、目を救うか、の選択の段階まで来ていたのだ。
千葉の病院で説明されたより悲観的なものだった。
目の前にあった光が、はかない輝きになってしまった。![]()
腫瘍を小さくするために、抗がん剤から始めるらしい。
できれば抗がん剤は使いたくなかったのだが。
腫瘍が小さければ、陽子線のみですんだのに。
さて、すぐ入院できるのかと思ったら、
混んでいて2週間先になるという。
ここへきてまだ治療をしてもらえない?
はいそうですか、と言えなかった。
もしやと病院で言われてからもうすでに1ヵ月たとうとしていた。
目の状態を考えるとこれ以上待てなかった。
部屋を探してもらった結果、
系列の隣の病院に入院することになった。
ただし、次の日入院。
部屋を出るとき、F先生の、
がんばりましょう、の声かけが心強かった。![]()
夜帰宅し入院準備をし、次の日朝早くまた3人で福島に向かった。
