母の食事は経管栄養といって、鼻から管を入れ胃に流して摂っている。ナイフとフォーク

2食はエレンタール、1食はツインラインの1日3食。

いまのところ、この組み合わせが便の状態には良い。


最初在宅介護を考えたとき、

管をつけたままで家に連れてきて、

はたしてヘルプしてくれるのか不安があった。

聞く人によりそれぞれ違っていたからだ。


介護を頼めるのか電話した訪問介護事業所では、

経管していて意識がない状態を言うと

「意識がない人を家で見るのは無理なんじゃないの」と、

かなりびっくりしていた。

介護事業所でその言葉かと、こっちがびっくりした。ガーン


でも経管栄養していることにより、

デイサービスやショートステイなどを受け入れてくれる施設は

ほとんどない。しょぼん


いろんな面で、まだまだだな。ハートブレイク

地震のときすでにガソリンあまり入ってなかったので

車もいつまで乗れるか。ガソリンスタント

夫が出勤のとき、近くの駅まで送っている。

去年がんになる前までは、

駅まで歩いて40分の道のりを

自転車を行っていた(かなりの坂道あり)。

バスに乗れば10分位だろうか。

以前より目が見えにくくなっているようなので、現在送って行ってる。

帰りはバスで帰ってくる。

明後日から自転車で行くと言うが・・・。

夫が手入れをした自転車が私のと2台、団地の駐輪場にあった。


先日みえたケアマネのTさん、いつもの自動車ではなく自転車だった。

やむをえずのエコライフなのだろうが悪くもなさそうだった。自転車


ガソリン。本当に必要な所に行ってほしいな。虹

節約して、無駄を省いて、ちょっぴり買って、

まず自分が出来ることから始めよう。


行動するもよし、寄付するもよし、祈るのもよし、

震源地から離れている埼玉県だったが、

今まで経験したことのない揺れに、

住んでいるこの団地がつぶれるのではないかと不安になるほどだった。

ベランダの戸を開け、ベッドに寝たきりになっている母のそばに行く。

隣の部屋にいた息子を大声で呼び寄せる。

もしもの場合、なんてことも考えながら。


5階のお宅では、家具が倒れたりしたそうだ。

我が家では1階だったこともあり、また、

夫が家具が倒れないように処置をしていたこともあり、

室内に物が多いわりには大丈夫だった。


今回の東北関東大震災。

地震と津波。多くの被災者。

考えられないことが起こった。

これからどうなるのだろう。

私に出来ることは・・・。

原発で起こっていることも、受け止めきれない現実。

心に思っていると、思っている人や言葉や事が

目の前に現れることがある。


4年前に、初めて手作り絵本を作ったときの

テーマは「いつも思っていると、小さな奇跡が起きる」だった。


日々の生活の中で、

なんてタイミングがいいんだろうと思うことがある。

小さなそんなことがうれしくなる。


念じると、祈ると、心はどこかに繋がるのかもしれない。星空


そういえばニ三日前、美容室の時間合わせに

娘が表参道の自然食品の店で品物を見ていたら、

娘が今一番好きなモデルのMさんも一人で化粧品を見ていたそうだ。

いつもは持っていないノートもたまたま持っていたらしく、

初めて自分から声をかけてサインをもらったと言う。メモ


なんか楽しくなる話だった。







去年8月初め。

東京の病院で、夫ががんだとわかった。


その後PET検査を受け、

重粒子線治療を受けることを決め、

担当医の紹介で群馬の病院まで行った。


1週間先の予約日を指折り数えて待ち、

家族4人で行ったのだが、車

その病院が重粒子線治療で取組んでいる病気の中に

夫の病名である副鼻くうがんは入っていなかった。叫び


千葉の病院を紹介され、予約してもらう。

がっかりして帰る。


がんは大きくなっているようで

夫は左目が少しずつ見えにくくなってきていると言っている。

病名がわかってから、3週間が過ぎていた。


8月は重粒子線機械のメンテナンス中だという千葉の病院を避けて、

1日でも早く治療を受けたいとの重いから、

遠くても群馬の病院でと思ったのだが、

結局は時間を無駄に使ってしまったようだ。


数日後、千葉の病院へ夫、息子、娘、私で行く。車

さあ、やっと治療が始まる。期待とほっとした気持ちで紹介されたH先生と会う。

検査後、がんが大きくなっていて左目の神経に付いているので、

重粒子線での治療は難しいという話になる。叫び



じゃあ今の段階でどんな治療法があるのか。

相談の結果、陽子線治療という方法があるということで、

福島の病院を紹介され、予約してもらう。

数日後、夫と娘と私で福島の病院へ向かった。車


病名がわかってから3週間たっている。

回り道があったわりには、タイミングよい部分もあって、

短い期間だったのかもしれない、が。


早く治療してぇー時計












がんになって、治療費や入院費用、

夫の場合は病院が遠いと言うこともあって

病院の近くのホテルに一ヶ月ほど滞在した費用、

入院時に毎日のように通った家族の交通費、など

いろいろかかった。

さらにその間収入もなくなり、経済的負担が大きかった。

60歳を過ぎた夫の保険から出る金額ではとても足りなかった。

がんとの戦いは、そんな経済面とも戦うことのようだ。むっ






昨夜、娘と待ち合わせをして、

シネプレックス新座で「ヒアアフター」を見てきた。

この一年近く、映画はDVDのレンタルだったので、

久しぶりの大画面はやっぱりよかった。


60歳になったので、今月から千円だ。

うれしいような・・・うれしいような・・・?


シネプレックス新座、観客少なめなので

ゆったり落ち着いてみることができる。

おすすめします。合格






気になることがある。

訪問宅でのヘルパーのトイレ使用禁止について、の疑問。

トイレに行きたくなったヘルパーさんは、そこでトイレを借りるしかない。

がまんしてがまんしてトイレに走ることになる。

2時間にわたる介護の時は、無理もないと思う。トイレ


訪問介護をおねがいしていると、

そのような、ヘルパーさんがやってはいけない変な決まり事が多々ある。

現場で働くヘルパーさんたちの声を、受け止める人達がいないようだ。ロボット



去年夫が副鼻くうがんになり、先進医療の陽子線治療を受けた。

治療後、12月末に続き今日が二回目の検査日だった。

夫は埼玉の我が家から福島の病院まで、

行きは時間の関係で新幹線で帰りは高速バスで、通院してきた。バス


「こんなにスパッときれいになるのって、うれしいですね」

PET検査などの後、先生がおっしゃったそうだ。

その言葉が表しているように、現在夫のがんは消えている。

日々の生活の中でも、夫ががんだということは

すっかりと言うくらい忘れている。

私の中では、なかったことに? なっている。ドンッ


でも私たち家族に、大きな一撃を与えた出来事だった。

今考えるべきことは何かを、今やるべきことは何かを、

教えてくれた。ドア


がんは再発と言うことがあるので、安心は出来ないが、

とにかく、よかったよかった。ラブラブ