訪問入浴の前に、たまにやることがある。


1つは、髪のカット。

髪受けの丸くなったビニールを

頭からかぶり、首で止める。

切った髪が散らばらないように

さらに切る髪をつまみながら、

ひと切りごとに、捨てる。


今日も入浴前、長めの前髪と横髪を切る。

後ろ髪は床づれを防ぐため(?)あまり切らない。

以前は出張美容サービス(出張費は市が負担してくれるので、

カット代の3,000円のみ支払う)を頼んでいたのだが、

美容院が終わってからの時間になるのと、

ベッドや床に散らばった髪の掃除がひと仕事だったので、

今は私がやっている。

出来上がりは悪いが、ちょこっと切って、

はい、おふろへ~、てなかんじで。


もう1つは、髪染め。

白髪がだいぶ目立ってきたなと思ったら、

訪問入浴が来る15分位前に、

必要な分だけ染料を出して、

これもちょこちょこってやってしまう。

見える部分の前髪と横髪を中心に、

5分で染め終わる。


介護生活も長いので要領も良くなってきた。

いいかげんになってきた、とも言えるべーっだ!

ハイ。絵本サークルの集まりに出てきました。

帰ってくるといつも思うこと。「絵本描くぞー!」メラメラ

絵本制作。同じ目的を持って頑張っている仲間は、

励ましあい、協力しあい、刺激しあい

みんなで登って行こうって、プラス思考100パーセント。


そういえば斉藤先生の話は、

3月18日付朝日新聞の文化欄、

保坂和志氏の文を取り上げていた。

楽天的思考の力についてだった。アップ


みんなの中でさらに話は広がっていき、

震災の話にもなった。

妹さんがこっちに避難してきている話や、

絵本を贈った先の避難所で暮らす人たちの話など、

現在進行形の切実な話だった。


今日は、今度の作品は紙版画でやりたい私に、

使用する紙のヒントも仲間からもらえた。

一人一人の思いを込めた作品の話も聞けた。

濃い時間を過ごせた。

さて、来月は顔を出せるかなはてなマーク



明日5ヶ月ぶりに絵本サークルの集まりに行こうと思っている。

今回は夫と息子に頼めそうなので行けそうだ。

出かけるとなると、まるまる6時間見てもらわなくてはならないので。

(ヘルパーさんを頼む時は、中、2時間頼む)


夫は食事の取り外しと、補水をしてくれるので時々頼む。

息子が家にいる時は、食事の管理と、

枕の高さを変えてくれたり等、こまめに見てくれるので、

床ずれにならないように気にしている私としては

安心して出かけられる。


日曜日にヘルパーさんを頼めなくなり(手が足りないらしい)、

みんなと顔を合わせなくなったので、

生活の中でも絵本創作時間が減った(刺激がないと動かない性分なもので)。

そのくせ、絵本で、ああしたいこうしたいと気が多くて、なかなか完成しない。

そんなわけで、明日はみんなの作品見てこよー。っと。にひひ

この歳になって 、

毎年花開く桜に、時の流れをしみじみ感じたりしている。

去年の桜の時期にはこうだったなあ、
ゆめがたり(六十歳の原点)

あの時の桜はだれといったなあ、
ゆめがたり(六十歳の原点)

あの場所の桜の下でこんなことがあったなあ、
ゆめがたり(六十歳の原点)

って。



華やかで心癒される桜。

花びら舞うファンタジーの世界。
ゆめがたり(六十歳の原点)

と同時に、その淡い色のせいか、

あっと過ぎ行く短い花期のせいか、

軽く舞い落ちる花びらのせいか、

私の目には寂しい花に映る。


今年は、人々が震災の影響を受けている

ただなかにあるせいか、なおさらだ。


桜満開の下での花見って、楽しい。

花見をしている人たちを見ているのも楽しい。


先日公園で、小さい子を連れたお母さんたちが

隅にビニールを敷き花見をしていた。

やっぱりいいなあ。

花見。しようよ。ゆめがたり(六十歳の原点)

夫が入院した時の、高速代とガソリン代が

かなりの額に上ったのは、

私と娘でほぼ毎日、

自宅の埼玉から病院のある福島まで車で通ったからだ。


腫瘍がすでに進行してしまっていて、

夫の精神的ショックを少しでも和らげるため安心させるため、

少しでも顔を出さなくちゃという気持ちがあった。

今日はどうしているかと、病室をうかがい見るときはどきどきした。


片道約240キロの道のりを、時には休憩を入れながら、

3,4時間かけて通った。

私を気づかってか、ほとんど娘が運転してくれた。


在宅介護中の母は、

ひと駅先に住む妹が自転車で通い見てくれた。

近くに住む弟も仕事帰りに見てくれた。

息子が家にいることも多いので、母のことは気にせず

病院まで行くことができた。


病院には、夫の夕食前後までいた。

帰宅時間は、10時頃になった。

今考えると、ハードな毎日だった。メラメラ


おとといの夜、澄みわたった暗い空に

くっきり細い月が出ていた。

なんてきれいな月なんだろう、と思うと同時に

寂しい気持ちになった。

大震災で亡くなった人のことを思った。


6年前、母がくも膜下出血で突然倒れ入院した時、

病院に通い、帰る道。車の中から月を見て祈った日々。

もうだめ、と言われながらも、山をいくつも乗り越えた。


かなりひどい出血だったため、

意識障害ありの、寝たきりの状態になってしまった。

本人の本意でないかもしれないが、

向こうの世界へ行かずに、母は戻ってきた。



大震災で残された人に、

大震災で被災された人に、

これから、いいことがたくさん待っていますように。三日月

茶道を習っているが、1ヶ月前に初めて着物を着て行った。

今日が2回目。

だが今日てこずったのは、着付けではなく、髪型だった。


母のヘルパーさんが来るのを見計らってから出かけるので、

いつもみんなより遅れて行くが、さらに遅れて行った。走る人


着付けを習ってまだ間もないが、

お茶に行く楽しみが、もう1つ増えたことになる。

お茶に来ているMさんは、

今日はスムースいき15分で着たとのこと。

着慣れてくると、ここまでになるようだ。


髪の整え方と、着付け。

こんどは時間を計ってみよう。時計


同じく習いに来ている若いFさんは、

高校の部活の茶道の顧問をしている。

子供たちの様子や、エピソードを聞いていると、

楽しそうだ。こっちも楽しくなってくる。ニコニコ


ふと、Fさんの顔が娘の友だちにそっくりなのに気が付く。

長いこと知っているのに、

見ていても、見ていなかったんだな、と思った。

私の頭の中で、回線がつながった瞬間。

なんかおもしろくなった。

日々の生活の中で、そんなパズルがちりばめられているかも・・・。ロボット

3週間後、夫は2回目の入院をした。

原則個室入院らしく、部屋代も掛かる事になった。


2回目の抗がん剤点滴が、1回めと同じ期間行われたが、

1回目に副作用が強く出たので、抗がん剤の量は三分の二になった。

とはいっても、食欲が出ない、特にご飯の匂いがだめだったようだ。

ほとんど10月中は、入院生活となる。


体調悪かったが、陽子線治療も始まった。

病室が開くのを待っている人がいるため、

体調が戻り、陽子線だけになったので、

退院を余儀なくされた。

陽子線治療は、通院治療が基本のようだ。


考えてみれば、夫が入院する時は逆の立場で、

病室の空きを藁にもすがる思いで探したのだから、

お互いさまで、さっさか退院すべきともいえる。


だが、週5日、病院に通って陽子線を受けなくてはならない。

自宅が遠い人は、みんなそうしてるとのことで、

夫も病院の近くのホテルから通い、

週末には家に帰ってくるという形にした。

ホテル代が掛かる事になり、費用の面では頭が痛かった。


夫は60歳を超えていたので、

入っている保険の保障も、ほとんど期待できなかった。

仕事も休む形になったので、

有給を充ててみたものの経済的に苦しくなった。ガーン

すぐ抗がん剤治療が始まった。

まず最初に抗がん剤を強めに使い、

ガツンとがんをやっつけるという形をとった。爆弾

結果、水も飲めない状態、そのうえ下痢などの副作用も強く出た。

さらに肝臓などにも負担がかかり、

2週間の入院予定が、3週間の入院となった。


さらにもう一度抗がん剤をやることになっていた。

しかし次の抗がん剤治療まで、期間をあけなくてはいけないらしく、

9月11日にいったん退院する。





夜、母の寝る時、たいがい、

(モーツアルトを中心とした)クラシックをかける。

ときたまポップス等の「ジェットストリーム」もかける。満月

音楽はいい。そばにいる私も心和む。


その時の気分によって、聞きたい曲も違う。

また聞くことによって、その曲の気分になれる。


昼間、時には母に昭和歌謡や唱歌、童謡等を歌ってあげる。

というより、自分が歌いたい気分になる時、大きな声で歌う。キスマーク

そんなことも、母がいるからやれることだ。