ふと思った。ちょっと時期はずれだけど、年賀状。

120年前頃までは、年賀状の出す時期は

年内、年明け、特に決まってなかったようだ。ポスト

現在は年内に書いて出す形。それが普通になっている。

でも年が明けてから書いたほうが、気持ちがこもるような気がする。


日々の生活であたりまえや普通になっているいろんなこと。

これはあたりまえかな、これは普通かな、ってところから見るとおもしろい。

情報をTVや新聞だけに頼らないで、青い鳥を探してみよう。

行き着くところの答えは想像できますが・・・。ひらめき電球

市の農園を借りて、一昨年の夏ごろから野菜作りをしている。

水はけが悪く抽選で当たった人が辞退した場所だったが、

夫は土作りもして取組んでいた。カエル


昨年の夏ごろから、夫は今まで以上に、

野菜作りに力を入れるようになった。

草取りも、会社の休みを待つようにして畑に飛んでいった。

私も初めは一緒にやっていたが、その頃は夫におまかせ状態。

できた野菜は、もちろん新鮮無農薬、

自分で作ったのだからさらにおいしい。

家族みんなで喜んで食べた。ニコニコ


夫の病気も、ひと区切りつき。

今年に入ってさらに野菜作りに忙しく動いている。

畑へ行く生き生きした後姿を見ると、 こっちもうれしくなる。

昨年の夏は、夫の先行きが見えなかったし、

一緒に畑に来ても気持ちが晴れなかった。しょぼん


今日は昼頃畑に出かけ、

サヤエンドウに網を張ってきたようだ。

午後2人で買い物に出かけ、帰ってくるとき

「畑みてみる?」と言うので、行ってみた。

サヤエンドウのつるが伸び、花がいっぱい咲いていた。

サンチュやレタスも大きな葉が出ていた。

そら豆の葉やみつ葉も出ていた。クローバー


「すごいね、ずいぶんきれいにしているね」

予想外のすばらしい畑になっていたのでびっくりした。

「畑やっているの楽しいよ」

そうですか、こっちも楽しくなってきた。音譜


でも、原発の影響、

これから放射線どうなるのかねぇ。

おいしい野菜、食べたいよ~。ラブラブ!

出かける時携帯する物。

携帯電話とデジタルカメラ。

自然のきれいな景色に出会った時、

パチッっとやる。カメラ


空を写すことが多い。雲がいい。

太陽の光は雲のいろいろな表情を、

おもしろく見せてくれたりする。

雲が、空の広さをより感じさせてくれる。くもり


画像を見たらUFOが、だったら

もっとおもしろいんだけど。UFO


先週の茶道の最中に、地震があったそうだ。

炉を使っていたので、とっさの時に

火のおこっている炭の始末は、メラメラ

さらにその上にあるお湯の入った釜の扱いは、あせる

と、頭の中で考えをめぐらせるも、

みんな動けなかったらしい。


今日先生は、しばらくの間、

電気でお湯を沸かそうと、決めたようだった。


いざ地震が来たとき、

計画通り動けない事も大いに考えられる。

地震真っ只中の揺れがいつまで続くのか、

どのくらいの大きさになるのか、予測が付かない。


来る前に充分な対応を身につけておくことが大切かも。

そういう私も、寝たきりの母のそばで

成り行きを見守るだけのような気がする。ショック!

抗がん剤が終わって、半年。

抗がん剤の副作用で、

ほとんど抜けてしまった夫の髪の毛も、

今はいい具合にはえてきて、

前よりかっこいい髪形になっている。おとめ座


抗がん剤が始まった時は、

今日は抜けたかと、どきどきしながら

毎日病室をのぞきこんでいたが、

思ったより徐々に抜けていった。

それにしても、それだけ強い薬だということ。

外面的な見える部分より、体内へのダメージが気になる。


出来るなら抗がん剤は使いたくないと思っていたが、

病状は進んでいて、

抗がん剤と陽子線をプラスした方法が

最善の方法だったのだから仕方がない。


結果。左目は色の見え方が

わずかに薄くなっているようだが、

体調はほぼ元に戻っている。

お米をといた後、といだ水をベランダの植木にあげる。

ちゅんちゅん、いつのまにか数羽のすずめが来ている。

お米がいく粒か落ちているのだろう。ヒヨコ


いつも思うこと。

「どうしてここに餌があることがわかるのだろう」

「とぎ汁をまいた時が、どうしてわかるのだろうか」

定期的に毎日出しているわけでもないのに。かお


すずめは自分でちゃんと生活している。

自立しているんだと、いつも感心する。合格




新約聖書の中に

印象に残っている言葉がある。


[空の鳥を見なさい。

種もまかず、刈りいれもせず、倉に納めもしない。

だが天の父は、鳥を養ってくださる]本

茶道ってまったく関心なかった。

私の中ではいちばん遠い位置にあった習い事だったのに、

すてきな知り合いの声かけに、

公民館の茶道クラブをのぞいてみたのが、

やり始めのきっかけ。お茶


自分の日々の生活や性格とまったく違う世界。

だからこそ良かったのかもしれない。

表千家も、たまたまのこと。

T先生もたまたまのこと。

選んでそうなった訳ではないのだが、

すばらしい世界と先生が

そこに待っていた。椅子


その後、茶道友だちが

我が家の近くに越してきたことも、

その友達の住んでいる家が、

もう1人の茶道仲間の家だったことも、

みんな1本の糸ででつながっている。手裏剣


決め込まないで、新しいことやってみたら、

そのつながりが、

おもいがけない世界に私を連れて行ってくれた。

茶道っておもしろい、奥が深い、楽しい。ラブラブ

父のふるさとは福島県いわき市の浜通りにある。

若い頃から東京に出てきて働いていた父は、

いつも田舎のことを思っていた。

TVで福島やいわきや平や小名浜の名前が出ると

飛びつくように見ていた。うお座

父が亡くなってからも、小名浜辺りに遊びに行った。

父が自慢の場所だった小名浜の海の幸を満喫してきた。

福島県を思うと、きれいな景色と父を思い出す。

今の、福島県や東北の状況がなかなか受け入れられない。

毎日のように耳にする福島県の地名。

父はどう思っているだろうか。

着付けを一緒に習い始めたHさんは、

家に着物や帯などがいっぱいあるらしい。

バブルの頃に、呉服屋さんに進められ、

言われるままにセットで次から次に買ったそうだ。¥


着付けの練習に持ってきた着物の生地を聞くと、

芭蕉布だと言う。

数日前確か読んだ本に書いてあった。

実物を見れるのでいい勉強になる。


着付けは昔少し習ったらしいが、

着る機会もあまりないうちに忘れてしまったらしい。


着付けを一緒に習い始めたもう1人のSさん、

「自分のお金で買ったの?」

「何の仕事をしてたの?」

と矢つぎばやにHさんに聞く。

そういう所がオバサン(私含む)なのかもしれない。

思ったことをそのまま口にする。

そして何も隠すこともなく、返事をする。

「バブルのときはどんどんお金が入ってきたからね」

「じゃあまだお金いっぱい残ってんでしょう。

うちにはバブルが来なかったわ」

Sさんの言葉に、私も同感。


「楽しいねぇ、絶対休まないで来よう」

Hさは宣言した。

着付けもおしゃべりも、楽しくなってきた。ゆめがたり(六十歳の原点)

もう7ヶ月も前のことだなんて、

つい2、3ヶ月前ぐらい前に経験したことのような感じなのだが。

また、ずいぶん昔のことだったような気もする。

すべて、もう忘れかけている。

何事もなかったような感じ。


去年の8月初めに夫ががんと言われてから、

陽子線治療が終わった11月末まで。

さらに12月末にがんが消え、一応の区切り。


あまりにその5ヶ月間が、それまでの日常生活と違うものだったので、

「我が家で起こったことではありません」

て、本気で言えちゃいそう。

またそう思うことによって、

「がんとは縁がありません」

って、がんに(三くだり半)をつきつけているのかも。


去年の、希望が持てず必死だったその期間だったが、

そんな中でも思い返すと、楽しかったことがあった。

娘と2人で毎日遠く福島まで車を走らせたのだが、

娘が作ってくれたおにぎりを車の中で食べたり、

トイレ休憩で寄るサービスエリアでドーナツ食べたり、

ケバブ食べたり、おにぎりハンバーガーソフトクリームチョコレートお団子・・・・・・。


そんなことが、楽しみであり、小さな光だったかも。

いえ、食べることじゃなく

車の中や外での、娘とのいろんなおしゃべりや経験が。

けっこう、やじきた道中でした。