ゆめがたり(六十歳の原点)


聖書に興味があり、時々見る事がある。

心に残る言葉をひとつ。


旧約聖書の中の伝道の書に、

地球の姿、しくみが書いてある。


「世は去り、世は来る。

しかし地は永遠に変わらない。


日は出て、日は沈み、

その出たところに帰って行く。


風は南に吹き、また北に向かい、

めぐりめぐって、またもとの所に帰って行く。


川はみんな、海に流れる。

しかし海はあふれる事はない。

川はその出てきた所に帰って行く。」


あらゆるものの姿が

ここに表されているような気がする。

それにしても地球って、よくできている。・・・(?)


2年位前の話。

夫が5センチ位のどじょうを20匹買ってきた。

煮るか焼くか、どうするか、

ボールでじっとしているどじょうを見る。

ちょっと私には料理できそうにない。

どじょう鍋にしたらおいしいだろうに。

昔は、料理した事もあったが、

なんかその時はその気分じゃなかった。

いったん、どじょうたちを金魚の水槽に入れ、

次の日、夫は川に逃がしてきた。

2,3日して、

水槽にどじょうが一匹いることに気づく。

そんなわけで、

金魚と一緒に元気に育ったどじょう君は、

今では18センチ位になっている。

「金魚を見てて、大きくなっちゃったんじゃない?

普通こんなに大きくならないだろうよ」

夫はそう言いながら

今日も水槽の掃除をしている。


ゆめがたり(六十歳の原点)

ゆめがたり(六十歳の原点)


パソコンに慣れてないから、記事書いて、絵を入れて、

なんてやっているうちに、画面が全部消えちゃった。

よくやっちゃうんだ。もう、がっかり。

そんな事書く必要ないってことなのかなって、

勝手に解釈して、別の事を書こう。


ブックオフ行って、10冊ぐらい本買ってきた。

ほとんど105円コーナーでね。

連休中は、衣類の処分と絵本作りと、

流されっぱなしになっている生活の見直し、でもしようかな。

すこし頭を働かせてみるか。

夏祭りの夜店で売っていた、そうあのミドリガメ。カメ

飼い始めて、18年ぐらいたつ。

甲羅だけでも20cm近くある。

あの小さかったカメからは予想できない大きさになっている。    カメ       


家族の生活を見てきたカメは、ペットとはいえ、家族の一員になっている。

うちのカメも金魚も、控え目。     クマノミ

でも、うちに来る誰もがいちばん先に気がつく存在だ。

カメも金魚も、私にとってペットって感覚じゃないので、

昨日、うちにもペットがいることに気づいたってわけ。  カメ             


それにしても、月日がたつのは速い。

もうそんな長い間うちにいるんだ。       クマノミ

ゆめがたり(六十歳の原点)   そうだ、我が家にもペットがいた。

  父の3回忌か7回忌の法事を終えて帰り道、

  埼玉県寄居町にある花園農協で、

  ビニールに入った5匹の小さな金魚を買った。

  

  日曜毎の水槽の掃除は、まめな夫の仕事になってる。

  去年、そのうちのデメキン1匹と、

  それより古株の赤い金魚が、半年ぐらいの間に死んだ。


みんな大きい。

最も大きな金魚は口先から尾ひれまで30センチはある。

うちに来た人はみんな、その大きさにびっくりする。

水槽が小さく見えるらしく、金魚がかわいそうだと

義姉は笑いながらいつも言う。


うちの金魚は高齢だと思う。

色艶がなくなり、動きがゆっくりになってきている。

家に連れて来て、もう13年か17年たっている。

我が家では空気のような存在だが、

それだけ重要な存在であり、

水槽の前は癒しの空間になっている。

さっき夫が、荷物を詰め込み車で出かけて行った。車

せっかくの連休なので、急遽秩父まで行く予定で。

でも今電話があり、高速道路が、

所沢から入るのだが、花園出口まで45キロ渋滞。

いつもの数倍の時間がかかりそうだと、夫は戻ってくる事にした。ガーン

今年の連休はそんなに混んでないと思っていたが、

お天気もいいし、さわやかな風も吹いている。

みんな動き始めたかな。走る人

次の日休みだと、のんびりするねぇ。

ゴールデンウィークだと思うと、よけいうれしい。ニコニコ


母が寝たきりになってから、泊まりで出かける事はなくなった

(それまでも、ほとんど泊まりの旅行は行ってなかったが)。

休日は、日帰りで近場に遊びに行くことが多かった。

そういう時は母を連れ出したが、たいてい倹約旅行。

今思うと、1度でいいから贅沢旅行させてあげたかった。


母は、よく食べに連れて行ってくれた。

「食べたい時にどんどん食べておきな」

私や孫に、よく母が言っていた。


旅行でも何処へでも、

母が行ける時に、どんどん連れて行ってあげればよかった。


出かけられる人は今のうちに行ってください。

でも、出かけても出かけなくても、

ゴールデンウィークってわくわくするなぁ。ニコニコ

昨日の着付け教室。

「帯び忘れたわ」と声がするので、

2枚もって行ってた帯を貸す。

人の事は言えません。

私も長じゅばんまで着て、さあ着物を着ようと見たら着物がない。

いつも入れてある袋を持ってきたのに、なぜ着物が入ってないか。はてなマーク


先日、初めてポリエステルの着物を洗ってみた。

洗えるとは言うものの、あまり着ていない事もあり心配もありで、洗った事がなかった。

それをついに洗って、えもんかけにかかったままだったのだ。

それを忘れ、いつも通り入っていると思い込んでいた。

思い込み。これをついやってしまう。反省反省。


この日、Hさんは、泥染めの大島を着てきた。

先生が見るところ、織りもかなりいいらしく

50万円以下ってことはないらしいい。みんなでさわってお勉強。目

バブルの頃の、景気良かった話で盛り上がった。

飾り気もいやみもないHさんの話は楽しい。


それにしても、いろんな人と世界があるもんだ。


あっ、着物は2枚もって来た人に借りました。ご心配なく。

母がくも膜下出血で倒れる1、2ヶ月前、

母は自分が病気になった時のことや、

死んだ時の事を、茶飲み話の中で私に話した。お茶


「言っておくけど、葬式は、お金をかけないでいいから。

おまえたちだけでやってくれればいいから。」


父の時は、人が集まる事が好きな父が、

喜ぶような葬式になったと思う。。

母はうちうちで小さくやって、と言った。


「病気で倒れた時、手術などはしないでいいから」とも言った。

母の倒れた後、

(危険を伴い、治る見込みの少ない手術を、

80歳の母に受けさせる気持ちにならなかったが)

医者から強く手術を勧められた時も

母が倒れる前に言ってたのでと、迷わず断る事ができた。


救急車で病院に運ばれた時まず聞かれた

人工呼吸器も、付けないでいいと言えた。

付けないで死んでしまっても、と覚悟した。

かなりひどい出血でもうだめです、と言われ、

1ヶ月位は今日だめか明日だめかという状態だっが、

母はなんとか乗り越えた。

夫ががんになる前の昨年前半、

仕事での出張がかなり多くなっていた。

交通機関が発達し、便利な世の中。

その分、ハードスケジュールになったが、

本人は仕事好き(?)のようで、

むしろ生き生きしていた。飛行機


そんな生活が一変して、闘病生活になり、

会社も休まざるを得なかった。

仕事の事で他の人に迷惑をかけるばかりでなく

収入もなくなる。

夫は早く会社に戻る事を考えていたようだ。むっ


仕事への復帰。何事も私のほうが楽天的と思っていたが、

この時は、夫のほうがプラス思考だった。アップ


今日、夫は大阪へ出張。朝早く出て行った。

また少しずつ仕事の中に出張が入ってきた。

8ヵ月前の状態から考えると、信じられない事だ。

その時は太陽が見えなかったりしたが、

雲の向こう側にちゃんと太陽はありました。晴れ