どんなに頭が良くても、大差ない。みんな同じように働いて、飯を食って、死んでいく。
ピクンと日本の学校制度について話したあと、外をランニングしながらそう思った。
私立公立の立ち位置がタイと日本では少し違ったため、いろいろと日本の学校について説明をしたのち、
話が僕の大学の話となり、通っていた学校がそんなにレベルが高くなかったので、中小企業に入る形になったと説明した。(これは学校のせいではなく自分の努力不足)。そして兄はしっかり勉強でも頑張っていたため、いい大学に入り、いい会社に入ったことを、いい大学に入ればいい会社に入りやすいということを含めて説明した。
タイも似たような部分があるためにすんなり理解したようだった。
話は終わり、ランニングのため、外にでた。真っ暗になった空を眺めながら、学歴や、それに相関する頭の良さについて考えていた。
少し副業で携わらせてもらったお仕事の代表が某大の院卒でかなりのエリートだった。
話もわかりやすいし、資本主義をすごくよく理解してうまく立ち振る舞っていたし、時折、この人はほんと天才だなと思うこともあった。
いろいろなことを先回りして考えている。これからぶつかっていくであろう壁も理解している。さすが頭がいいだけあるなと思っていたが、いろいろ聞いていると私生活はボロボロらしい。奥さんと今は離婚協定をしているらしい。
時折、仕事のラインで、奥さんと喧嘩のようなやりとりをおこなっている。
人が生きている中で一番重要なことは何か?
僕はそれは幸せだと思う。
生まれてから死ぬまで幸せを感じていられたらなんて素晴らしいのだろう。それ以上望むものなんてない。
きれいな奥さんがほしい?使いきれないほどのお金がほしい?たくさんの友だちがほしい?そんなのは幸せになるための通過点にしかすぎない。
そんなことみんなわかっているはずなのに。
とんでもなく先を見越せて、対策をうてる頭脳明晰な人でも、最終てきに得たい幸せを目標にせず、幸せを研究せず、資本主義に熱心になって、承認欲求に必死になって、そのために人生の大部分を使って、そして挙句の果てには幸せでない。
資本主義の攻略はするが、幸せの攻略はしない。
結局のところみんな動物で、盛り上がっているところにみんあ集まって承認欲求という幻想の幸せを一瞬でも掴むために、死ぬほどの苦労をして、時には手を黒く染めて、生きているということを考えると、どんなに頭が良くても、人間はそんな大差はなく、動物なんだなと思った。
個人の学歴コンプレックスが大きく入った考え方だけれども、ふとそう思ったバンコク外れの田舎の夜空の下。