サッカー女子日本代表がスウェーデンに勝った時、
これから来る新たな時代の幕開けを感じた。
これはサッカー界だけではなくて、全世界の思想を通じて。
今年チャンピオンズリーグを圧倒的な強さで頂点に立った
バルセロナ、そして女子サッカー界のバルサと呼ばれる
日本代表。
バルサ式と呼ばれるサッカーとしては、個人というよりも、
チームで戦うというところに重点を置いていて、見方どうしの
チームワークで局面を打開する。個々としても、チームワークに
必要なパスとパスワークそしてパスをもらう動き出しなどを重点的に
行う。もはや個などはほとんどなく、チームとしてのみ戦う。
これはビジネスでも個をつぶしてチームとして成果を上げるという
点で応用すれば圧倒的な成果をあげることが出来るだろう。
思想界でも、20世紀から何よりも個を大事にするということが
謳われ、推進されてきており、差別の解消や人権の尊重など
目を見張る平等への発展がなされてきたが、
それは心から良いといえるとしても、
個人の尊重による悪い部分、たとえば過剰なまでの
エゴの追求、個人の尊重の意味を取り間違えた自分中心的な
考え方などが世界を渦巻くようになって来ている。
これは新たな段階に入ったときに見られる新たな問題だか、
解決策がスポーツから前兆として、ヒントとして、
与えられている気がした。
つまり個人の権利が十分に尊重された世界を各自で認識し、
認識した上で、チームとして個を犠牲にし、そしてチームワークを
重視して行動する。ここのチームとは自分が考えうる最大の組織であり、
それはつまり世界を指す。
人々は個人の権利を得る代わりに、世界という組織で世界という組織が
利益を得られるよう努めなければならないのではないか。
現代サッカーを見ていてそんな風に思った。
個人の犠牲とはあんまりいい風には聞こえないけれども、
ここで言っている個人の犠牲とは、世界が利益を得るためであり、
そのための世界に生きる個人の犠牲である。目的が世界の利益であるから
である。もちろん、世界の目標を達成するための個人の目標ということにあたっ
てはめいめいの世界が利益を得るための個人の目標という面において
追求することは絶対必要であり、そのための個の活動は行っていくべきであると
思う。
ただのイタイ宗教だ…