関西のスーパーには、いつもどおりたくさんの食料が

並んでいるのに、東北の被災地では食料が足りず

3日間たいしたものも食べていない人がいる。


自分の無力さに愕然している。


ボランティアも今すぐ行きたいが、

拠点もまだ出来ていないため、

自粛してくださいと報道されている。




ツイッターや、ミクシーのつぶやきでは

精細を欠いた発言やつぶやきが多く見られ、

(精細を欠いている時点で思考の仕方が

あまりよくはない。次回で精細を欠かなかった

としてもそのコメントは本当の考えではなくて

取ってつけたものであり、思考自体はあまりよくない。)

すごく悲しいし、人ってこんなに自分しか見えてなくて

テレビの前ではこんなに人が悲しんで泣いているのに

こんなにも無関心でいられるのか と引いてしまう。




あるひとは冷静に考え、募金と献血を各自出来る範囲でやって

あとは、自分らしく生活することが今私たちに取ってできることの

すべてだ とか、今の自分にできることは今の自分の目標に向かって

しっかり頑張ることとかなどの意見があり、出回り始めていて、

それはそうだと思うし、素晴らしいと思う。

けど、同時に無関心な人が自分に集中するための言い訳にも聞こえる。

(これはただ自分が懐疑的なだけ。)



ただ一ついいたいこととして、

自分にはできることがほとんどなくて、今回のことで

取り乱さず、自分らしく今を精いっぱい生きることが、

大切である。 とは思うが、

自分が被災者にもしできることがこれから出てきたとすれば、

全力でそれを行うし、普段の生活を行う今も被災者の一人でも多くの

救出と心の平安を祈り、これからも被災者、被災地に関心を持ち、ずっと見守って

いく。 この気持ちは添えてほしいと思う。



ただ自分の生活を頑張るだけでは震災前となんら変わらない。

そこに、被災者へ祈ることと、

被災者を見守ること を加えてほしいし、

それが何もできない自分たちにとって唯一出来ること

なのだと思う。


目に見える支援は確実だか、

目に見えない支援も、つまり祈るや見守る支援も

目に見える支援と同様に大切だと思うし、

目に見えるもの以上に

大きな影響を与えると思う。