今日は単なる独白。



今は見る影もありませんけど、空手やってたんですよ昔。
小学校の5年生から社会人になるまでの12年位?
一応黒帯まで取得。
スレスレで合格した初段だけど。


そんな自分には師と呼べる人が3人居て。

2人は沖縄に居た頃の先生。
1人は東京に出て来てからの先生。

今回は沖縄の先生のお話。

当時そんな大層な呼び方はしてなかったのですが、
便宜上それぞれを館長と副館長としておきます。


館長は若い頃から海外に空手を広めるのが夢とかで、
着々と準備を進めた後にご家族と共にカナダへ移住。

副館長はその後を引継ぐも、元来風来坊な人だったので性に合わなかったのか、
暫くして若手に道場を任せてたまにしか顔を出さなくなり。

丁度その時期に自分の上京とも重なって徐々に連絡を取らなくなってしまい、
次第に音信が途絶えていきました。


気が付けば10年以上の月日が経過。


世はご家庭でのインターネットが当たり前となった情報化社会へ。
ある日ふと「今ならぐぐれば何か情報出て来るんじゃないか?」と思い立つ。

とりあえず館長はカナダには居るはずだからと"氏名"と"カナダ"で検索。
引っかからず。

氏名をローマ字にして"Canada"で検索してみる。

居た!見付けた!写真あった!!

英語オンリーな公式サイトらしきものを発見。
親善目的で今でもたまに沖縄に行って合同稽古とかやっているみたい。
とりあえずとても元気なことだけは分かって嬉しい。

メールでも出してみようかなと思ったけど、
消息がわかったことだけでその時は満足してしまった。

ちなみに一緒に副館長も検索してみたたけど、
よくある名前で大量にヒットしたので有用な情報を絞り込めず。

そのまま更に数年の月日が流れて。


先日(て言ってももう夏頃の話だけど、)
潤さんとサシ飲みした時に何かのキッカケでこの話になって、

「それはメール出した方がいいですよ。絶対喜びますよ。」

なんてことを言われる。

そうだよね。
自分がその立場だったらやっぱり嬉しいと思うだろうし。

だけど15年以上も空いちゃうとね。
どこかテレ臭さと言うか何かそういうのがあって。

当時どういう口調で会話をしていたのかもあまり覚えていないし、
メールにしても何を書けば良いのか。

そんな感じでそこからまた数ヶ月が経ってしまい、
さっき思い出した始末。


久々にまたぐぐってみた。
まずは手始めに氏名のみを漢字で。

お?今回はいきなり引っかかった。
しかも検索候補の1番上に出てる。


Wikipediaで。


どうせ同姓同名ってオチだろって思ってたら普通に本人だった。
カナダ本部の会長とかになってた。
段位も9段とかになってた。

ナンテコッタwww


夢ほとんど叶えてるじゃん館長。
良かった、いやほんと良かった。


少しムネアツになりつつWikiを読み進めていったらまた見知った名前を見付ける。

副館長だ。

風来坊なだけに道場出て行っちゃってることも想像していたけど、
その後もちゃんと副館長やっているみたい。

いや、やっていたみたい。

名前のあとに 1952年 - 2012年 って記載されていた。

亡くなったんだ・・・。

しかも2012年って今年だ。
まだ60歳なのに。


もっと早くメールしておけば。

みたいな後悔は不思議と無くて。
ただ淡々と冷静に事実だけ受け止める感じ。

自分の生きたいように生きて来た人だったから、
その後も最後まで全力で生きたんじゃないかなって。
きっとやりたいことをやって人生駆け抜けていったに違いないと。
そうだったら良いなっていう願望だろうけどさ。

実際のところは知らないし、もしかしたら不慮の事故とかでってことかもしれない。
でもあの人が後悔して死んでいくシーンってのがどうにも想像出来ない。

だからなのかネガティブな気持ちにならなくて、
前向きな気持ちで送り出して上げたいと思った。
実際今となっては気持的なところしかどうしようも無いしね。


ご冥福をお祈り申し上げます。
って言葉に何故か違和感。

じゃあ、またね。
うん、これだな。

またね、副館長。



館長には今度メールを出してみよう。
この15年のことやら副館長のことやら書いてみよう聞いてみよう。
でも直通知らないからまずサイト経由でメール投げるしか無いんだよね。
英語が面倒だなってなっちゃいそうなので、後に引けないようにあえてここで公言。

さて、文面を考えよう。