床ノ間

 1.歴史

   日本建築の伝統的象徴として、現代にも多く見られる床ノ間は、鎌倉時  

   代の釈家住宅において、僧侶が日常礼拝する場を設けたことに始まりま

す。当時は仏画の前に板を敷き、花瓶や燭台、香炉を並べておりました

が、室町時代になると絵や花を置くための押板と畳を敷いた貴人の座所

   としての床が現れ、床ノ間の原形が分離した形でみられます。

   桃山時代に入って両者が融合した後は、禅宗や茶の湯の影響を受け、江戸時代には今日のような形式が確立されました。

 2.現代

   現代においての床ノ間は、機能が重視された住宅の中では略式化されることが多いようです。書院や飾棚を省き、その部分を押入などの収納に

   利用する例が多く見られるほか、床ノ間の地板に当たる板を畳の上に敷くだけの「置き床」が考えられたのは、省スペースという観点のみならず、床ノ間が和室に風格を与える空間であるためです。

   また、床ノ間の役割の中の「芸術鑑賞の場」が見直され、ゆとりの象徴

   として現代に取り入れられています。


次回は、書院です。!!

縁側

 1.歴史

   縁側の起源は平安時代の住居のしつらえた「廂(ひさし)の間」と考えられ、寝殿造りでは四面に廂がめぐらされ、多様な使い方をしていたようです。縁側本来の役割は強い日差しや冷気から室内を守るというもので、部屋と庭を結ぶ緩衝地帯といえるでしょう。

   室町時代に書院造りが広まると、幅の広い広縁が設けられ、突き当たりに洗面所や水屋を配し、雨戸を取りつけるようになりました。現代の縁側のように、ガラス戸がついて室内的になったのは明治以降のことです。

 2.現代

   和風住宅では、西洋のように厚い壁で家と外を区切らず、間に縁側という空間を挟んでいるため、開放的でありながらも内外を区別することができます。

   現代では敷地面積が限られ、縁側を省く場合が増えていますが、庇(ひさし)の下に外付けの濡れ縁や、縁板の間を透かして張った(す)の子縁(濡れ縁の一種)を設けることで、庭と室内の一体感が得られ縁側の雰囲気が楽しめます。内と外を結ぶコミュニケーションの場として見直したい空間といえるでしょう。


次回は床の間です。!!

玄関

 1.歴史

   玄関とは禅宗と共に中国より渡米した言葉で、本来禅門に入ることを示し、やがて禅寺の門や出入口を称するようになったのは室町時代のことで、それ以前は沓脱(くつぬ)ぎとしての出入口があるだけでした。

   後に書院造りが広まると、接客用の空間として玄関が設けられるようになり、格式を表すものとして武士階級に広がっていきました。

   江戸時代には武士や郷士・名主にしか造ることを許されなかった玄関が、

   誰でも設けられるようになったのは明治以降のことです。

 2.現代

   和風住宅の玄関には土間と床面に大きな段差がありますが、これは外の延長である土間と、部屋の延長である床を明確に区切るものであり、ただの出入口である欧米の玄関とは異なります。

   高温多湿の風土から、床面を地面から離す建て方は、履物を脱いで外の汚れを持ち込まない気風から今日にいたる玄関が生まれました。

   しかし現代では、挨拶が立式になったため段差が少なくなり、住まい全体と調和した機能的で親しみやすい玄関が増えています。


次回は、縁側です。!!

屋根

 1.歴史

   日本では雨が多く、時に日差しが強いという気候から、材料や工法、形に至るまでさまざまな屋根が考案されてきました。高床住居において切妻屋根の原形がみられ、奈良時代に入りたい天平文化が栄えると、宮殿や寺院に瓦葺きの屋根が用いられるようになりました。

   また、後に城や社寺建築に代表される入母屋は、すでに平安時代の寝殿造りにみられますが、室町時代までは武家住宅でも板葺きが多く、庶民の住宅で瓦葺を持つのは、江戸時代中期以降のことでした。

 2.現代

   現代では洋風建築の影響もあり、家のシンボルである屋根に風土性や地域性を感じることが少なくなりましたが、形は変化しながらも和風住宅にその表情をとどめています。

   今日でも和風住宅の原形といえる切妻や、重厚味の寄棟に人気があるのは、強い日差しや雨をコントロールするという日本の厳しい気象条件に即しているからであり、また日本建築の外観に落ち着きを与え、風土に調和した美しい景観をかんじられるためでしょう。


次回は玄関です。!!




日本の伝統美を考える②

シリーズでお届け致します。




 1.歴史

   住居の敷地に自然の風景を再現する観賞用としての日本の庭は、大陸からの渡米人により庭園造りの技術を伝え受け、平安時代の寝殿造りにおいて完成をみました。これが今日までみられる日本庭園の原形といえるでしょう。

   また、一般住宅の庭は、桃山時代に入り茶室が大成するとともに、敷地の狭い町屋にも中庭に代表される四方を囲まれた「坪庭」が造られたことに始まります。住宅環境が立て込んだ近代では、必然的に中庭式の住宅が増えていきました。

 2.現代

   現代では、敷地面積の都合から家の周りを取り囲むような広い庭は少なくなり、市街地など南からの日照や通風が得られない住宅環境の中では、中庭式の住宅が増えています。中庭では庭そのものの面積が制約されるため、室内に明かりを送る役割を果たしても、樹木にとっての日照・通風不足は否めません。しかし、庭師や専門業者に相談して日陰に強い食物を選び、庭石を配したり水を利用することにより、日本庭園の美を感じることができるでしょう。


次回へ続く。