2020/11/26(

 この日は6:30起床予定であったが,5:30に起床していた。朝食後,6時半過ぎにホテルから出棟し,会津若松駅に入った。乗車予定の列車は8:17発の磐越西線・快速列車(郡山行き)であるため,当該列車が入線してくるまでの間,撮り鉄に興じていた。

 8:17発の快速・郡山行きに乗車し,8:44に猪苗代駅に着いた。ここからタクシーで約10分,「野口英世記念館」に向かった。

 見学時,小学生の修学旅行団体が少し騒がしかったが,まずは常設展示を順路に沿って見学した。

 「生家ゾーン」では当時の野口家が再現されていた。囲炉裏の近くには1歳半の清作(英世の幼名)がイジコから這い出ていく様子を表した影絵模型があった。そこには「英世の人生を決定付けた囲炉裏」というタイトルで左手の火傷に関する解説が記された説明板があった。

 左奥では,当時の野口家の家族構成や英世の少年時代を解説するビデオが流れていた。

 展示室では,当時の小学校の教科書や試験の成績表,「医術開業試験」の合格証,血脇守之助氏の歯科出張診療広告などが展示されていた。展示資料における教科書の記述内容は一見しただけは理解が難しい漢文みたいな文章であった。当時の教育水準の高さを思い知らされる資料展示であり,英世の勉学意欲の高さに,ただただ感心するばかりであった。

 アメコミ仕立てで解説された英世の渡米生活展示では,英世の研究熱心な姿勢が解説されていた。

 感染症のメカニズムや治療方法の歴史も判りやすく解説された展示であった。レーウェン=フックの発見,ジェンナーの天然痘ワクチン,フレミングのペニシリン発見,北里柴三郎の破傷風血清治療など,微生物学の最初の所で学ぶ内容であった。「耐性菌の発生を防ぐために抗生剤の適正な利用」を国が呼びかけている旨も解説されていた。「抗生剤の適正使用」のくだりでは,感冒による咽頭炎や咳などで即,抗生剤処方になってしまう自分を悔いてしまった。ただ,ドクターも私の既往歴や来院時の症状,経過,診察所見などを全て考慮して処方しているのだから,副作用が出ない限り,用法・用量に従って服用し,飲みきり終了とするのが,薬を処方された患者として行うべきことである。

 特別展「感染症~世界大流行の歴史~」では,インフルエンザ(スペイン風邪),梅毒,ペスト,コレラの4疾患の歴史が解説されていた。

 感染症で多くの人々が逝ってしまうのは紀元前の昔からあったが,細菌・ウイルスの発見は19~20世紀前半を待たなければならなかった。

細菌・ウイルスが学術的に発見されて,その疾病に対する診断・治療法が確立されるまでには長い年月を要してきた。インフルエンザは1930年代にウイルスが発見された。戦後の日本では「予防接種法」による集団接種でワクチン接種が行われてきたが,現在ではインフルワクチンは集団接種から外されて,任意の個別接種になっている。タミフルも2000年代に入ってから医療機関での処方薬として使われるようになってきたと記憶している。

 特別展を見た後,売店で写真集『フォトドキュメンタリー 人類のために 野口英世』を購入した。

 タクシーで猪苗代駅に戻り,磐越西線の普通列車・会津若松行きで会津若松へ戻った。昼食は「喜鈴」で「特製 喜多方肉中華そば」を食した。

 チャーシューがトロットロで,メンマは歯応えが良い。スープはアッサリであり,コクがあった。麺は少し軟らかかったが,喉ごしはあった。

 昼食後,市内循環バスで駅に戻り,13:26発の普通列車・郡山行きに乗り,郡山へ向かった。郡山で東北本線の701系を撮った。

 撮影後,磐越西線の快速「あいづ3号」会津若松行きで会津若松に戻り,夕食は1日目に続いて「寧々家」で食した。刺身3種盛り合わせ(ブリ,マグロ,鯛),ぼんじり串,鶏皮串,石焼ステーキご飯を食した。