昨日,「東急8500系物語」第4話を書き終えて無事に本編が完結しました。
本日はエピローグとして「東急8500系の思い出」を語って,本稿を終わりたいと思います。
私にとって東急8500系は人生です。
幼少期は母の実家(南町田)への行き帰りに,小学生の頃は土日の休みに「電車とバスの博物館」(高津)への行き帰りに,大学生の時は通学に神保町までの往復に必ずと言っていいほど8500系を見たり乗車したりしていました。
半蔵門線押上延伸・東武線直通までは田園都市線が1975年生まれの8500系であるのに対して,東横線が1986年生まれの9000系や1988年生まれの1000系などが走っていました。『東京急行車両のすべて』というビデオで見ては東横線の車両を羨ましく思いつつ,東急田園都市線の8500系を推していました。
東急8500系は「前面展望が出来る+先頭車も電動車」という構造であり,楽しみのある車両でした。運転士さんの気合いが入った喚呼と爆音なモーター音を聞きながら前面展望をするのが田園都市線で8500系に乗ったときの楽しみでした。
大学4年の春以降,年に1~2回のペースで栗橋まで「栗橋みなみ」(『鉄道むすめ』のキャラクター:東武の北千住駅に所属する駅務係)の聖地巡礼に行くようになりました。その道中でも東急8500系に乗る機会に恵まれ,関東平野のド真ん中で爆音を轟かせながら走る東急8500系を楽しみました。
栗橋では「栗橋みなみ」の日本酒を買ったり,洋菓子店で焼き菓子詰め合わを購入するなどしました。美味しい蕎麦屋さん,中華料理屋さんもあり,楽しい町でした。
後に,栗橋へ聖地巡礼するときには鷲宮も一緒に訪問することが定番になりました。これは,鷲宮が『らき☆すた』の聖地であること,大学の同級生「Y氏」が鷲宮在住であることに由来します。鷲宮神社参拝や神社通り商店街の和菓子屋さんで和菓子を食べたり,アニメファンが集うスナック「記念日」でマスターやママさん,アニメファンの方々と歓談するなどしてきました。栗橋は東武日光線の南栗橋から,鷲宮は東武伊勢崎線の久喜から,いずれも一駅先の駅です。このように東急田園都市線が地下鉄半蔵門線を介して東武線に直通することで趣味の幅が広がってきたのも大きな財産です。そんなオタク旅の構成要素に東急8500系があったことを誇りに思います。
ここ数年,静岡や名古屋への旅が多くて,栗橋と鷲宮が御無沙汰になっています。かつて東急8500系が走り抜けた線路に思いを馳せて,栗橋と鷲宮を再訪してみたい思うところです。