皆さん,こんばんは。
本日は「紀伊國屋書店」新宿本店で本を購入後,「新宿中村屋」で「純印度式カリー」を食べてきました。
配膳時全景
カリールウは専用の容器で提供され,ライスは洋食皿に盛られています。ライスの奥,左右に薬味皿があります。左側は粉チーズとチャツネ2種類,右側はラッキョウ,ピクルス,ショウガが提供されました。食品ロス予防のため,「薬味なし」の注文も可能です(110円引き)。
ライスの右側にある小皿は骨入れ(鶏の手羽元)です。
ソースを8割程度ライスにかけて,いただきます。
一口食べると、多数の香辛料が複雑に絡み合い、体がじんわりと暖まるのがわかります。肉はチキンで、手羽元ともも肉、胸肉です。手羽元は皮と肉が柔らかくて、旨味が特に濃いと感じました。もも肉と胸肉は締まった肉質で厚みがあり、食べ応えがありました。
粉チーズやチャツネで味変して,途中でラッキョウやピクルス,ショウガを挟みながら完食。
カレーの味と香りに集中度を上げるならば,「薬味なし」の注文も良いと思います。
「新宿中村屋」では,純印度式カリー以外にも幾つかのカレーが提供されています。また機会を作って,食べに行ってみたいと思います。
「ラス・ビバリ・ボースに関する年譜」
「新宿中村屋」の純印度式カリーを伝えたラス・ビハリ・ボースは,1886(明治19)年にインド・ベンガル地方の農村に生まれました。
ボースは24歳の時,イギリス支配下にあったインドの独立運動に身を投じましたが,デリーでイギリスのインド総督襲撃の主犯としてイギリス政府から厳しく追及されました。このことを契機に亡命を決意し,1915(大正4)年6月8日に東京に到着。日本に滞在することになりました。
日本に滞在中,官憲に追い回されて逃げ回るような生活をしていたボースですが,「中村屋」に匿ってもらっていた間に同社の相馬夫妻にカリーライスを作って振る舞いました。これが「新宿中村屋」における「純印度式カリー」の起源といえます。
1927(昭和2)年,「中村屋」が「純印度式カリー」を売り出すと大人気商品になりました。
現在では,「新宿中村屋」のレトルト商品「インドカリー」をスーパーでよく見かけます。もし,皆さんも新宿へ出かける機会がありましたら,「新宿中村屋」のお店で「純印度式カリー」を召し上がってみてください。「抜け出せない沼にハマる」ことが確実だと思います。